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09


「ねぇ、昴琉。僕に何か言うことない?」

「ん?言うこと?何かあったっけ…?」


朝、家を出る間際に雲雀くんが急に訊いてきた。
少し思い当たる節はあるけど、それは自分の問題で彼に言うつもりはない。


「特には…あ!あった!今晩は帰りが遅くなるんだった!
 あたしの分は用意しなくていいから、夕ご飯先に食べちゃって。
 勿論駅まで迎えに来なくていいよ。何時に帰って来られるか分からないし、先に寝ちゃってていいからね?」

「…何の用事なの」

「会社のみんなで新入社員の歓迎会するのよ。断るわけにもいかなくて」

「他には?」

「ん〜、ないと思うけど…」

「…そう。いってらっしゃい」

「う、うん。いってきまーす」


何か引っかかってる風の雲雀くんの様子にハラハラしながらも、あたしは玄関を出てホッと息を吐いた。
こういう時、雲雀くんの勘の良さは怖い。
彼にバレないうちに自力で解決してしまいたい。
とりあえず今日は歓迎会、歓迎会!
深呼吸して気持ちを入れ替え、あたしは駅に向かって歩き出した。


***


最近昴琉の様子がおかしい。
別段元気がないわけじゃないし、僕の前ではいつも通りの彼女だ。
変化自体は小さなもので、携帯の電源を切っていたり、物思いに耽る時間や溜め息が増えたり。
他人の悩みにちょっかい出す気もなかったし、昴琉が自分から話さない限り放っておこうと思っていた。
ところが、暫くして家に無言電話がかかるようになった。
勿論僕は出ないから留守電に切り替わるけど、全て無言。
一度だけ男の声で『昴琉?』と呼びかける声が入っていた。
その声を聞いた時にピンと来たのと同時に、胸がざわついて嫌な予感がした。
ここ最近彼女と一緒に歩いている時に感じる視線もきっと同一人物だ。

目星は付いてる。

昼食を適当に済ませ、僕はいつもの学ランに着替えて外に出た。

エレベーターでエントランスホールまで降りると、一番会いたくなかった人物に声をかけられた。


「あら、恭弥ちゃん!おはよう」


このマンションの管理人だ。
スーパーで会って以来よく声をかけられる。
鬱陶しいから無視して通り過ぎたいが、昴琉の手前それも出来ずにいる。
お陰で『恭弥ちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ばれる破目になってしまった。
挨拶代わりにちょっと頭を下げて通り過ぎようとしたが、前に回り込まれて行く先を塞がれた。


「今日は桜塚さんと一緒じゃないのねぇ」

「昴琉は仕事だよ」

「あぁ、そうだわね!でもいつも一緒で仲が良いわよねぇ。
 恭弥ちゃんは桜塚さんのことが好きなのね!」

「何でそうなるの」

「だって従兄弟とはいえ、年頃の男の子がいつも一緒に女の子といるんだもの!
 嫌いな人と一緒にはいないじゃない?恭弥ちゃんは桜塚さん嫌いなの?」

「…嫌いじゃないけど」

「ほーら御覧なさい!伊達におばさんだって年食ってないわよ。おほほ!
 桜塚さん綺麗だし、気立ても良いし、年上のお姉さんだし、好きになっちゃうのも分かるわぁ。
 従兄弟同士なら結婚も出来るんだから頑張ってね!応援するわよっ」

「…急いでるから僕はもう行くよ」


一体何なの…。
彼女を好きかどうか訊かれて、どうして僕が動揺しなきゃならないの。

ひとり息巻くおばさんを後に僕はマンションから出た。
向かうのは昴琉と花見をした神社。
桜も散ってしまった今は閑散としていて、誰もいない。


長い石段を上って拝殿に辿り着く。
すると境内を掃除していた神主が、僕に気が付いて頭を下げた。
彼とはこちらに来て間もない頃、絡まれていたのを助けたのがきっかけで知り合った。
僕はただ群れてる草食動物を狩っただけで、助けたつもりはなかったんだけどね。
お礼にと彼が淹れてくれた茶が結構美味しかったから、たまにこうして来るようになった。


「こんにちは、雲雀くん。時間があるなら、お茶を飲んでいきませんか?」

「うん、頂くよ」


柔和な顔に更に笑みを浮かべて、神主は手招きをして本殿の方に僕を連れて行った。
「少し待っていて下さいね」と一度社務所に戻って行く。
僕は本殿の中には入らず入り口に続く階段に腰掛ける。
春特有のぽかぽか陽気に誘われて眠くなって来た頃、神主が茶と和菓子を持ってやってきた。

丁度その時近くの茂みがガサガサと揺れ、そこからまだ若い猫が勢いよく飛び出してきた。
猫は転がるように走り寄って神主の足に一通り擦り寄ると、今度は座っている僕の方にやってきた。
にゃーんと一声鳴くと、同じように擦り寄ってきた。
喉を撫でてやるとゴロゴロと気持ち良さそうにそれを鳴らす。
その後は僕の足に自分の前足をかけて、訴えるように頻りににゃーにゃー鳴き始めた。


「おやおや、今日は随分警戒心を解いているね。
 いつもは知らない人がいたら出てこないのになぁ。雲雀くん、その子にこれを」


そう言って神主は、何処からともなく火の通してあるささ身を取り出し、僕に渡してきた。
それを受け取って猫の前に持っていってやると、待ちきれないとばかりにささ身に飛びついた。
そのままここで食べるのかと思いきや、ささ身を咥えた猫は来た時と同様に出てきた茂みの方に戻って行く。
茂みからは別の猫がひょっこり顔を出していた。
ささみを持っていった猫よりも若干幼く見える。
二匹はこちらを少し警戒しながらもささ身を食べ始めた。


「兄弟なのか連れ合いなのか分かりませんが、あの子達は本当に仲が良いんですよ。
 何をするにも一緒でね。ああやって貰った餌も必ず半分ずつ分けるんです。
 ささ身を貰いに来た方の猫は隠れていた猫のことが大好きなようで、二匹でいる時に近付くと庇うように前に立って威嚇するんです。
 きっと守っているつもりなんでしょうねぇ」

「ふぅん」


大好き、か。

あっという間に食事を終えた猫達はぴったり寄り添って座り、互いの尻尾を相手の身体に巻きつけている。
まるでお互いを慈しむかのように。

まるであの世話好きの猫は昴琉みたいだ。
野良では自分の食事を確保するのも大変だろうに、他の猫に分けてやるなんて。
昴琉が笑顔でハンバーグを運ぶ姿と、猫がささ身を運ぶ姿が妙にシンクロして自然と口元が緩んだ。


「…おや、雲雀くんもそんな顔なさるんですね」

「…そんな、顔?」

「えぇ、とても優しい顔です。
 ……失礼ですが、もしかして雲雀くんは今、恋をしているんですか?」

「…僕が、恋…?」

「違っていたらすいません。
 でも私には雲雀くんが貴方にとって大切な人を思い出しているように見えたもので…」


何言ってるの、この神主。
管理人のおばさんといい神主といい、全く何の冗談だい。
僕が恋をしているっていうの?
それも、昴琉に。
………くだらない。

そんな感情……僕は、知らない。


「ここに居られましたか、委員長!」


呼ばれた方を見ると黒服の男がこちらに駆け寄ってくるところだった。
毛繕いをしていた猫達は急に現れた男に驚き、素早く茂みの中に隠れてしまった。
男は「失礼します」と断ると身を屈めて僕に耳打ちした。


「…マークしていた男と奴等が接触しました。
 奴さん、随分追い込まれてるみたいで、大分焦ってる様子でした。
 そろそろ直接的に行動を起こしてくるのではないかと」

「…そう。引き続き監視を続けてよ」

「ハッ」


報告に来た男は僕に一礼すると踵を返して戻って行った。
こんな時に限って彼女の帰りが遅いなんて、タイミングが悪い。
何処の店で歓迎会をするのか訊かなかった自分の落ち度に歯噛みする。


「急用が出来たから僕は行くよ。またね」


「またいらして下さい」と相変わらず柔和な笑顔を浮かべる神主に背を向けて、僕は少々急ぎ足で神社を後にした。


***


宴会好きな同僚が選んだ店は、会社の近くに開店したばかりの割と雰囲気のいい居酒屋だった。
しかも貸切部屋を予約しておいてくれたの。
お陰でみんな気兼ねなく酔っ払って、初めは緊張していた新入社員も今ではすっかり出来上がってしまっている。
歓迎会は大成功のようだ。
上司もいるしセーブして飲んでいたから、ちょっと飲み足りないなぁ。
それを察したのか、隣で飲んでいた遥が「追加する?」とメニューを取ってくれた。
受け取る時、パッと不機嫌そうな雲雀くんの顔が浮かんだ。
あー、あんまり飲むと雲雀くんに怒られるかな。
うんうん唸りながらメニューと睨めっこしているあたしを見て、遥が笑う。


「良かった〜。昴琉元気そうで」

「ぇ?」

「蒸し返すのもなんだけどさ、バレンタインにあんな振られ方したじゃない?
 もっと落ち込むかと思ってたんだけど、案外ケロッとしてるんだもん。
 無理してるって感じしないし……まさかもう新しい彼氏出来たとか?!」

「ち、違うよ!」

「なぁんだ〜、つまんないの。最近付き合い悪いし、てっきり男出来たのかと思ったのになぁ〜」


つ、つまんないってあんたね。
遥にはあの時迷惑かけちゃったけど、それはないわ。
彼氏という言葉に、また雲雀くんを思い出したけど、彼は…同居人だもん。
ついでに年下で、いつかいなくなってしまう人。
いくら親友でも「別の世界から来たんです」なんて言えない。


「……ちょっと拾い物してね」

「拾い物〜?犬とか猫?」

「うーん、どちらかというと猫っぽい?」

「ぽいってなによ」

「あはは、まぁやんちゃな黒猫かな」

「へぇ〜。昴琉のマンションってペットOKなんだっけ?」

「うん。その子が中々手の掛かる子でさぁ。振り回されて落ち込んでる暇がなかっただけだよ」

「そっか、そっか」


こんな会話、本人に聞かれたら怒られそうだ。
…でも雲雀くん猫っぽいからいいよね?
自由奔放だし、我が侭だし、よく寝るし。
思わず耳と尻尾を生やした雲雀くんを想像して、にやけてしまった。
可愛いかも。


「あ、今その子のこと思い出したでしょ?」

「バ、バレた?」

「すっごい幸せそうな顔してたよ」

「そ、そうかな?」

「……その子のこと大好きなんだね、昴琉は」


ドキンッ

あ、あれ?何だろう。
遥が変なこと言うから、ドキドキしてきちゃった。
いや、何でドキドキしてるの、あたし。

その後、ニコニコしながら「今度その黒猫ちゃん見せてよ〜」と抱きついてきた彼女を宥めるのに苦労した。


***


その後も盛り上がっていた歓迎会は続き、やっと終わったのは23時を回ってからだった。
明日は休みだから、何人かはまだ飲むつもりのようで二次会の場所を決めていた。
勿論あたしは遠慮して帰ってきたけどね。
酔っ払って帰ると雲雀くんに怒られちゃいそうだし。
途中からノンアルコールカクテルに切り替えたから足取りはしっかりしている。
雲雀くん、ちゃんとご飯食べたかな。
今頃は夢の中かもね。

そういえば久し振りに駅からマンションまでひとりで歩くなぁ。
こんな時間に帰るのも久し振りで、ちょっと怖いような心細いような気持ちがざわざわと押し寄せてきた。
昔は何とも思わなかったし、最近は雲雀くんと一緒だから忘れてたけど、夜ってこんなに怖かったっけ…?

軽い恐怖心から自然と早まる歩調に混じって、自分とは違う足音が背後から聞こえるのに気が付いた。
同じ方向なだけかと思ったが、立ち止まって振り返って見ても誰もいない。
そこにあるのは頼りなげな街灯の光と何処までも続く夜の闇。

ちょ、ちょっと怖いんですけど。

再び歩き出すと、背後の足音もやはりついてくる。
勇気を出して歩調を緩めても、あたしを追い越そうとはしなかった。
周囲に人はいない。
幽霊じゃない限り、あたしがつけられてるのは明白だ。

どうしよう…。そ、そうだ!携帯!雲雀くんに電話しよう!

まだ雲雀くんが起きていてくれることを祈って、バックの中の携帯電話を探す。
もし電話に出なくても、話してる振りをしよう。
背後の人物が何を考えているか分からないけど、手がかりを残すのを恐れて襲ってくることはないだろう。
早くかけたいのにドキドキして手が震え、中々携帯を取り出せない。
やっと取り出してかけようとしたその時、「昴琉…」とあたしを呼ぶ聞きなれた声に弾かれたように振り向いて愕然とした。


「……惣一郎…!」


そこにはバレンタインにあたしを見事に振ってくれた男が立っていた。
決着をつける覚悟はしていたはずなのに。
いざ本人を目の前にして、携帯を握り締めるあたしの手の震えは止まらなかった。



2008.4.25


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