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愛するヒトに刻まれた鮮やかな紅い痕。


『精々頑張って探してください。
 君が見つけた時には、昴琉は僕の手に堕ちている。クフフフ…』


それを見た瞬間―――理性が飛んだ。


押し寄せるどす黒い感情のままに、彼女の白い柔肌に歯を立て、痕に痕を重ねた。
他の男の、ましてあの男の刻んだ印なんて見たくもなかったし、そんな隙を与えた昴琉が赦せなかった。

心当たりがある風なのに、昴琉は知らないと言う。

貴女は僕のものなのに。
どうしてあの男を庇うの?
たった数日過ごしただけで絆されたとでも?


素直に白状しないというのなら、この手で真実を暴いてあげる。


彼女を組み敷き、縛り上げ、強張る下肢に触れる。
そこで聞こえた消え入りそうな悲痛な声。
ハッと我に返って見れば、昴琉は僕の下で縛られた両手に隠れるようにしてガクガクと震え、大粒の涙を零していた。
一瞬にして、頭に上っていた血がサーッと音を立てて引いていく。


―――――僕は今『何』をしている?


確認する為に昴琉の頬に触れた指を、熱い雫が濡らす。
僕は昴琉を疑い、抗えない彼女から更に自由を奪い、恐怖させ、泣かせているのか…?

僕が昴琉を泣かせている…?


それは男として、人として―――最低な、行為。


自分のしでかした暴挙に愕然とする。
同時にぞわりと冷たい何かが僕の心臓を撫で上げた。
そして呪詛のようにあの男の言葉が頭の中を巡り始める。


『……昴琉は君のその残忍な本性を知っているのですか?』


僕の本性…?


『もし心優しい彼女が君の本性を知ってしまったら……どう思うのでしょうね』


昴琉が僕を嫌いになるわけがない。
幻術を扱うあんな卑劣な男の言葉を、真に受ける方が間違っている。

けれど、どうだ。

眼下の彼女は確かに僕に怯えている。
やめてと小さな身体をもっと小さくして泣いている。
僕がこれまで地べたに這いつくばらせてきた草食動物達と同じように。
何があっても僕を受け入れてくれてきた昴琉が。

貴女が僕を嫌いになるわけがない?


なんて酷い思い上がりだ……っ!


自分自身への憤りから強く拳を握ると、掌に自分の爪と彼女の涙が食い込む。
果してこんな僕に、彼女を一生守り、幸せにすることが出来るのだろうか。
少なくとも、今の僕では―――駄目だ。



このままじゃ、僕は昴琉を壊してしまう。



ゆっくりと天を仰ぎ、深く長い溜め息を吐くと覚悟が決まった。
昴琉に贈った婚約指輪に手を伸ばし、驚きのあまり抵抗を忘れた彼女の指からそれを引き抜く。

―――これでいい。
幸せにしてやれる自信が持てるまで、これで貴女を縛ることは出来ない。

その場から去ろうとする僕を彼女は「待って…!」と呼び止めた。
怯えの残る、震えた声で。


酷い目に遭わされたのに、貴女はまだ僕を引き止めてくれるの?


昴琉の優しさに、鼻の奥がツンとする。

振り返って抱き締めたい。
ごめんと謝って口付けて、その唇で僕だけを愛していると言って欲しい。
でも貴女を傷付けた僕にそんな資格はない。

赦してくれなんて―――言えない。

昴琉に答えたい衝動を歯を食い縛って堪え、僕は黙って寝室を後にした。


***


冷静になりたくて、ふらふらと外に出た。
等間隔に灯る街灯をぼんやり眺めながら、夜の並盛町を歩く。
やっと連れ戻したというのに、こんなことになるなんて。

昴琉……。

問い詰めた僕に彼女は『分からない』と言った。
痕がある以上、昴琉があの男に触れられたのは確実だろう。
それなのに、彼女の答えは肯定でも否定でもない。
何故?
もしもその時、眠っていたり幻術で操られていたら?
その可能性の方が高いのに、どうして僕は彼女を疑った?
分かってる。過剰な嫉妬の暴走だ。
僕の為ならば時折嘘を吐く彼女の性質も僕の疑心を手助けした。
けれどあの時の昴琉の表情に嘘はなかったはずだ。

本当に『分からない』んだ。

自分の身に起きた確証のない出来事。
既遂であれ未遂であれ、婚約者である僕に暴かれることが、女の身である昴琉にとってどれだけ恐ろしかったことか。


また僕は貴女を泣かせてしまった―――


暴いたところで、互いが傷付くだけなのに。
幸せにすると誓ったばかりで、なんて体たらく。
腹が立つ。
昴琉に触れたあの男にも、嫉妬に狂う自分自身にも。

年上の彼女には、当然僕と出逢うまでに男がいた。
現に僕は彼女の元彼に会っていたし、その前にも恐らく何人か恋人と呼べる存在がいたに違いない。
過去のことはどうしようもないと分かってはいても、彼女の好意が僕以外の男に向けられていた事実にはイラつくし、嫉妬もする。

だからこそ、僕と出逢ってから以降の昴琉の全ては僕のものにしたい。
頭の天辺から足の先まで、髪の毛一本、いや彼女の零す溜め息さえ。


それなのに、選りに選ってあの男の手に昴琉が…ッ


握り締めたままだった右手を開くと、掌で昴琉へ贈った婚約指輪がキラリと光った。
まるで彼女の微笑みのように眩しくて、僕は目を細める。
僕は狂っているのかな。


こんな時でさえ、貴女が好きで、愛しくて、堪らない。


昴琉がいない生涯なんて考えられない。
ひとりにしないという約束を反故にするつもりもない。
けれど、僕が傍に居ることで傷付けてしまうなら―――


「恭さん?」


不意に名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に黒いスーツに身を固めた部下が立っていた。
中学時代から僕に仕えている哲だ。
どうやら僕は無意識のうちに風紀財団の屋敷に来ていたようで、彼に声を掛けられたここは自室へと繋がる廊下だった。
哲から隠すように昴琉から奪った婚約の証をズボンのポケットに仕舞う。
彼は僕に近寄ると少し眉を顰めた。


「…お顔の色が優れませんね。
 桜塚さんの捜索はこちらに任せて、少しお休みになられた方が…」

「問題ないよ。昴琉はマンションに連れて帰った」

「見つかったんですか?!」

「あぁ」

「よ、良かった…」


哲は心底ホッとしたように言った。
昴琉と友人関係にある彼もまた、僕同様懸命に彼女の行方を探していた。
六道骸が係わっていると知ってからは、尚更捜索に尽力してくれていた。
そこでまた嫉妬の念がふつりと湧き起こる。
忠義心の厚い哲に限って、僕の婚約者である昴琉に特別な感情を抱くなどあるはずもないのに。

憤りが、消えない。

自室へ行こうと哲の横を通り過ぎて、ふと昴琉を縛ったままマンションを出てきてしまったことを思い出した。
縛ったのは手首だけだが、かなりきつく縛ってしまったから、彼女が自力で解くのは難しいだろう。
あの状態の昴琉を哲に見せたくはないが、今戻ってはまた彼女に何かしてしまいそうで。
僕は肩越しに背後の彼を振り返る。


「哲。ちょっと頼まれてくれる?」

「へぃ、何でしょう」

「…ネクタイをマンションに忘れてきてしまったんだ。ちょっと行って取ってきてよ」


家の鍵を放り投げると、哲は露骨に驚いた顔をしてそれをキャッチした。


「か、構いませんが……今夜はお帰りにならないので?桜塚さんがお待ちなのでは?」

「…帰らない」


帰れるはずがない。
昴琉の怯えた表情がフラッシュバックする。
後ろ暗くて僕は哲から視線を逸らした。


「片付けたいことがあってね。
 昴琉には何があっても外に出るなと伝えておいてくれるかい?」

「…分かりました。行って参ります」


哲は何処か腑に落ちないといった感じだったが、何も訊かずに承諾すると、僕とは反対方向へ廊下を進んだ。



2012.6.9


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