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113


※雲雀くんが少々荒ぶっているので閲覧にご注意下さい。


先程とは打って変わって、甘さの消えた雲雀くんの声。
驚いて、あたしは肩越しに彼の表情を窺う。
けれど雲雀くんは首を垂れていて、漆黒の髪しか見えない。


「あの男って…骸くんのこと?」

「…そうだよ」


どうして急に、この状況で骸くんの話題が出てくるんだろう。
あたしは半信半疑で彼の質問に答えた。


「何もされてないわ」

「本当に?」


様子が、おかしい。
もう一度彼とベッドの間で身を捩って仰向けになる。
灯りを背にした雲雀くんの顔は暗く、いつもなら見惚れるほど綺麗な漆黒の瞳は、背筋が凍りつきそうなほど冷たい光を放ってあたしを見下ろしていた。


「…どうしたの?雲雀くん…怖いわ」

「答えて」


静かだが、圧力のある低い声。
雲雀くんのこんなに怖い声を聞くのは、ツナくんとの初対面の時以来だ。
ごくりと唾を飲み込んで、真っ直ぐにあたしを見つめている彼の質問に答える。


「クロームの身体を借りた骸くんとはお話したけど、それ以外に特別なことは何も…」

「…ふぅん。それなら―――」


雲雀くんは起き上がってあたしの腕を掴むと、ベッドから引き摺り下ろすようにしてドレッサーの前に連れて行った。
そしてそれに背を向けるように立たせると、置いてあった手鏡をあたしに持たせ、薄く笑う。


「これは何だい?」


雲雀くんがあたしの首筋に指を差し入れて髪をかき上げたので、恐る恐る合わせ鏡を覗き込む。
鏡面に映る露わになった自分の首筋に、あたしは声を失った。



―――――覚えのない、鮮やかな紅い痕。



勿論それは虫に刺されたものでも、雲雀くんが刻んだものではない。
一瞬にして心臓がドクンッと跳ね上がり、頭が真っ白になる。

いつ…?!
何処で…?!

思考が上手く働かない。
必死に記憶を探るが、動揺は大きく、探ろうとすればするほどあたしは混乱した。


「ねぇ」


雲雀くんの冷たい声にビクッと肩が跳ねる。


「説明してよ、昴琉」

「し、知らない…!」


手鏡を握り締め、あたしは頭を振った。
それ以外に答えようがなかった。
しかし、それで雲雀くんが納得するはずもない。


「こんなにはっきりとした証拠があるのに、しらばっくれるつもり?」

「そうじゃないわ…!本当に分からないの…!」

「―――信じられないね」

「そんな…っ」

「僕以外の人間に触れさせるなんて―――赦せないな」


一段と低い声でそう呟き、雲雀くんはあたしの身体をくるりと反転させ抱き込むと、首筋に付けられた痕に歯を立てて噛み付いた。


「―――ッ」


あまりの痛さに声も出ない。
続けてきつく吸われる。
今まで何度も雲雀くんに痕をつけられたけれど、これほど乱暴にされたことはなかった。
それだけに彼の怒りの程が窺い知れる。
愛ではなく憤懣を刻まれ、チリチリと襲ってくる痛みと怖さに、目の端にじわりと涙が浮かんだ。
不意に解放されてよろめき、ドレッサーに手をついて身体を支える。
反射的に手放してしまった手鏡が床に落ち、パリン!と張り詰めた音を立てて割れてしまった。

このままじゃいけない…!
兎に角雲雀くんを落ち着かせて、話をしなきゃ…!

そう思って顔を上げて覗いたドレッサーの鏡には、別人かと思うほど、怒りに端整な顔を歪ませた雲雀くんが映っていた。
ツナくんの手を握ってしまった時の比ではない。

それを見た瞬間身体が竦み、あたしは喉元まで出かかっていた弁明の言葉を飲み込んでしまった。

雲雀くんはあたしの腕を再び掴んで引っ張り、ベッドへ放り投げた。
投げ出されたあたしの身体をベッドのスプリングが大きく軋み受け止めてくれたが、衝撃で一瞬息が詰まる。
雲雀くんは揺れのおさまらないベッドに構わず上がり、起き上がろうとしていたあたしの上に馬乗りになった。
震える声を振り絞り、恐る恐るあたしを見下ろす彼に問う。


「雲雀くん…何、するの…?」

「貴女が正直に話さないから調べるんだよ」


抑揚のない声でそう言うと、雲雀くんはシュルリと自分の首に締めていたネクタイを外す。
そしてあっという間にあたしの両手を片手で纏めて掴み、もう一方の手で外したネクタイを絡め始めた。
自分の手首にきつく捲かれていく雲雀くんの髪と同じ色のネクタイ。
彼が何をしようとしているかを悟り、血の気がサーッと引いていく。


「や…やめて…!」

「駄目だ」


逃れようと必死に足掻くけれど、力の差は歴然でビクともしない。
ばたつかせた足も虚しく掛け布団を蹴り、シーツに皺を寄せるだけ。
あたしはただひとつ、抵抗を許された言葉で雲雀くんに訴えかける。


「本当に何も知らない…!疾しいことなんてしてないよ…っ」

「だったらどうして抵抗するんだい?
 ―――身に覚えがあるからじゃないの?」


雲雀くんの追求に、抵抗して捩っていた身体が止まる。
彼の言うとおり身に覚え―――疚しくはなくとも、上手く前後が繋がらない不自然な記憶があったから。

あたしは再び記憶を探る。
確か雲雀くんが迎えに来る直前にあたしクロームと一緒に寝ちゃってて…、その前の記憶は……
そうだ!夕食を作りに行こうとしたのをクロームに引き止められて、あの時クロームは『僕』って…!

まさかあの時、クロームと骸くんは入れ代わって…?!

顔色を変えたあたしを見て、雲雀くんは薄く笑う。


「ほらね、やっぱり」

「ち、違う…!」


あたしはひたすらに頭を振って否定する。
気を失っている間のことをどう説明しろというの?

どうしても思い出せない記憶の空白。
痕を付けたのが骸くんだという確証はない。

そこでふと、ひとつの可能性が頭に浮かぶ。
あの時、クロームと骸くんの人格は恐らく入れ代わっている。
最後に夢で会った時、彼はあたしを抱きすくめ、自身の身体で触れたいと言っていた。
ここ数日交わした会話の端々にも、未だ続く彼のあたしへの想いが感じられた。
もし、入れ代わっただけじゃなく、並盛神社の時のように実体のある有幻覚として骸くんが現れたのだとしたら…?


―――――だから、痕が…ある?


そこまで至ってしまった考えに、背筋が凍り、身体が小刻みに震え出す。
まさか、と思う。
でも否定出来る根拠もない。

もしそうならば―――――


「お願い…」


あたしの手首を縛り終えた雲雀くんの手が、スカートの裾へ伸びる。


「やめて……」


―――――己の知らないところで愛されたその痕跡を、


真実を暴こうとする彼の指先が太腿に触れた。
あたしは全身に拡大した震えと恐怖感で上手く操れないそれを、ひたすらに固く閉じて拒む。


―――――最愛のヒトに見られるなんて、


「や、めて…っ雲雀くん…っ」


―――――堪えられない…ッ!!!


悲痛な声と共に大粒の涙が溢れた。
その時、頑なに閉じている下肢を抉じ開けようとしていた雲雀くんの手がピタリと止まり、彼が息を呑む微かな音が聞こえた。

僅かな沈黙。

止まってくれた、の…?


涙で滲む視界で恐々と窺った彼の顔は、色を失っていた。


雲雀くんは愕然としたままあたしの頬に手を伸ばし、伝う雫を指先で拭った。
そして濡れた自分の指先を凝視する。

今自分の目にしていることが信じられないというように。

やがて彼は見つめていた指をグッと掌に仕舞い込んで握り、何かに耐えるように眉根を寄せて、唇が白くなるほど強く噛み締めた。
そして徐に天を仰ぎ、深く長い溜め息を吐く。
再びあたしを見下ろした漆黒の瞳はもう激しい憤りに揺れてはいなかったが、何の感情も読み取れなかった。


―――――嫌な、予感。


雲雀くんの手が縛られたあたしの手に伸び、指輪に触れる。
彼がくれた婚約指輪に。
愛しむように何度か指輪を撫でた後、雲雀くんの長い指はあたしの左手の薬指からそれをゆっくりと引き抜き始めた。
あまりの出来事に抵抗するのも忘れて、あたしは眼前で進行する信じ難い光景を呆然と見つめる。


どうして、外すの?
それは君の愛の証なのに。

これじゃ、まるで―――――


彼の行動が信じられず、自分の考えも否定したくて、あたしはゆるゆると首を振る。


「や…いや……雲雀くん、冗談、やめて…?」


祈るように発した言葉に回答はなく。
指輪を外し終えた雲雀くんは、ベッドから下りると、そのままあたしに背を向けてドアへと向かう。


「雲雀くん…!待って…!」


不自由な身体で上半身を起こし、呼び止めたあたしの声に一瞬その足が止まった。
けれど、それだけ。
雲雀くんは振り返らず歩をドアの前まで進めると、ゆっくりとそれを開け、部屋の外へ足を踏み出す。



そして―――静かに寝室のドアは閉められた。



2012.5.26


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