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我が家までの帰り道は、自然と雲雀くんの愚痴や小言を聞かされる時間になった。
歩調を合わせてくれるようになったから歩くのは楽になったけれど、その分雨霰と降り注ぐ彼の文句を聞く時間が増えるわけで。
雲雀くんが車かバイクで来ていなかったのがちょっぴり恨めしい。

でもね、彼が徒歩で迎えに来た理由を聞いてしまったから、そんな風に思うのは罰当たりなんだって反省した。

驚いたことに、クロームの家の場所を雲雀くんに教えたのはヒバードだったんだって。
あたしとしては手紙さえ無事に彼に渡してくれればと思っていたから、道案内まで期待してなかったんだよね。
ヒバードが幾ら賢くても、鳥にそこまで出来ると思わなかったし。


「車やバイクだと見失ってしまうし、マンションや屋敷に取りに戻る時間も惜しかった」


…なんて、ムスッとしながら愛しい雲雀くんに言われてしまっては、ぐうの音も出ない。
愛してくれているからの小言だし、あたし自身沢山心配させてしまったと反省もしていたから、しおらしく彼の小言を聞いていた。


「全く簡単な幻覚なんかに騙されて…外出を制限していた意味がない」


玄関の鍵を開けてしまった経緯を説明してから、この台詞も既に5回目。
雲雀くんは犬くん達があたしの周りに現れていたことを知っていて、今回みたいな事態にならないように外出制限をあたしに言い付けていたんだって。
それから誰が来てもドアを開けちゃ駄目っていうのもね。
まぁ…雲雀くんの警戒空しく、まんまとあたし引っかかっちゃったんだけれど。
でもさ、仕方ないと思わない?
反省の気持ちはどこへやら。
流石のあたしもいつまでも止まずにループする小言にちょっとうんざりしてきて、つい子供のような反論が口をついた。


「だって、雲雀くんだと思ったんだもの」


雲雀くんにとっては見破るのが簡単な幻覚でも、あたしにとっては本物と区別がつかないくらい完璧だった。
そりゃ、ちょっとはおかしいなぁ〜って思ったけれど、野生動物並みに勘の鋭い雲雀くんと同じレベルで判断されては堪らない。


「僕が鍵を忘れるなんてミス、すると思うの?」

「普段なら思わないけど…。
 あの朝の雲雀くん、凄くウキウキしてたみたいだから、そういうこともあるかなって…」


繋いだ雲雀くんの手をぎゅっと握ってイジイジと呟く。
すると見る見るうちに雲雀くんの顔が赤くなった。
柄にもなく浮かれていたのを指摘されたのが恥ずかしかったらしい。
けれど、やられたらやり返すのが負けず嫌いの雲雀くん。
コホンと咳払いをすると、あたしに復讐を開始する。


「実際僕は忘れてなんかない。
 大体、助けに行ったのに殴りかかられるなんて思わなかったよ。
 あの時の昴琉の顔ったら…」

「きゃーっ止めて!思い出さないでっ」

「まるで般若のようだったね」

「あぁぁっんもうっそれ言わないでったら!」


今度はあたしが茹蛸のように顔を真っ赤にする番。
あの時は本当にクロームを守らなきゃって必死だったのよ〜!
繋いだ雲雀くんの手ごとブンブン振って抗議すると、雲雀くんは「今も凄い顔してる」と意地悪く笑った。


***


雲雀くんの小言攻撃に耐え切って、どうにかマンションまで辿り着いた。

な、長かった…!
すっごく、長かった…!

まだ文句を言われる可能性はあるけれど、流石にここまで来たら雲雀くんだってペースを落としてくれるだろう。
雲雀くんが鍵を開けてくれて、久し振りの我が家に足を踏み入れる。
ここに暮らすようになってまだ数ヶ月。
それでもやはり、住み慣れたあちらの世界に似たこの部屋に帰ってくるとホッとする。


「着替えてくるね」


あたしは雲雀くんに断って寝室へ向かった。
クロームの服を借りたまま帰ってきてしまったから、汚さないうちに部屋着に着替えないと。
彼女のところに置いてきてしまった服、雲雀くんが選んでくれたものだったし、結構気に入ってたんだよね。
この服もクロームのお気に入りだったら悪いし、出来れば自分の服も取りに行きたい。
でも雲雀くんのことだから「服なら好きなだけ買えばいい」とかなんとか言っちゃって、きっと許してくれないだろうなぁ。
軽く溜め息を吐き寝室に入る。
すると雲雀くんも一緒に中に入ってきた。
ちょ、ちょっと!着替えるって言ったのに、何で入って来るのー?!
婚約してたって着替えを見られるのにはまだまだ抵抗がある。


「リビングで待ってて。着替えたらすぐに―――ん…っ」


ご飯作るねと言いかけた唇をキスで塞がれ、雲雀くんに抱き締められた。
彼は愛おしむように何度かあたしの唇を啄ばみ、そっと離れる。


「…おかえり、昴琉」


そう呟く雲雀くんの笑顔は優しくて。
さっきまで小姑のように小言を言っていたのが嘘のよう。
きゅぅっと胸の奥が狭くなるのを感じながら、あたしは対の言葉を彼に返した。


「…ただいま、雲雀くん」


言葉にして、改めてぐんと押し寄せる安心感。
それに任せて雲雀くんの逞しい胸に頬を寄せる。

―――あたしの居場所だ。

力強く抱き締めてくれるこの腕の中にいれば、何があっても大丈夫だと思わせてくれる。
帰って来たんだなぁ、あたし。
思わずほぅっと溜め息を漏らすと、あたしを抱く雲雀くんの腕に力が篭った。


「凄く、心配したんだ」

「うん…」

「もしかしたら消えてしまったんじゃないかって…」

「…ごめんね。これからはもっと気を付けるから」


呟かれた彼の言葉にきゅっと胸が狭くなる。
それは違う世界で生まれたあたし達だからこそ感じる不安。
あたしがこちらに来たばかりの頃にも、雲雀くんは同じことを言ったっけ。
やっぱり予想してたとおりだった。
未だに彼の中からその不安は拭い去られていないのだと思うと、本当に胸が痛む。
きっとあたしといる限り、彼の中にはずっとその不安が残るんだ。
たとえ当事者のあたしが忘れてしまっても。
それでも一緒にいることを望んでくれる君に、あたしはどれだけの想いを返せるだろうか。
あたしがこちらに来たことで、雲雀くんが背負わなければならなくなってしまったことはあまりにも多い。


「―――昴琉」


あたしの名を呼ぶ切ない声色に誘われて上向くと、大好きな漆黒の瞳と視線がぶつかる。
吸い寄せられるようにまた唇を重ねた。
お互いを求めるようにしていたキスの主導権は、すぐに年下の彼に移る。
雲雀くんの大きな手があたしの後頭部に回り、より一層深さと激しさが増して―――

も…ダメ…。

息が上がり応えるのが難しくなってきた頃、キスをしながら雲雀くんがあたしの身体を押した。
押されるままに数歩後退ると脚にベッドが触れる。
堪らずその上に腰を下ろすと、そのまま彼に押し倒された。


「貴女が帰ってきたんだってちゃんと実感したい」


ベッドのスプリングを軋ませて、あたしの上に覆い被さった雲雀くんが言う。
彼がこれから自分をどうしたいのか。
それは真っ直ぐ向けられた熱っぽい瞳が嫌と言うほど物語っている。


そしてあたしも―――期待している。


意識した瞬間、脈打つ速度が増した。


「…灯り、消して」

「言ったでしょ?実感したいって」


了承の言葉に、雲雀くんは艶っぽく意地悪な笑みで答える。
本当にこの子年下かしら…。
恥ずかしさに思わず視線を逸らすと、彼は喉の奥で小さく笑ってあたしのこめかみに軽く口付け、ゆっくりと首筋に顔を埋めた。
流されそうになる気持ちに耐えて、彼とベッドの間で身体を捩って枕元に手を伸ばす。
指先が照明のリモコンを探り当てたその時、項に優しくキスを落していた雲雀くんの動きがピタリと止まった。
そして静かな声で呟く。


「……昴琉、あの男に何されたの?」



2012.5.5


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