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大股で歩く雲雀くんに腕を引かれ、暗くなった住宅街を歩く。
雲雀くんにしてみれば『歩く』だけど、あたしにとっては『小走り』。
等間隔に並ぶ街灯の光を受けては光る彼の黒髪を追う。

クロームの家を出てから、雲雀くんは一度もこちらを振り返らない。

不機嫌なのは明らかだ。
詳しく事情を説明したら、きっと更に彼の機嫌を損ねてしまうだろう。
今は骸くんの名前は出さない方がいいよね…。
後々面倒なことになりそうだけれど、それを覚悟であたしは話を切り出した。


「雲雀くん、クロームのことなんだけど…」


雲雀くんは立ち止まる気配も、歩調を緩めてくれる気配も見せない。
真っ直ぐ前だけを見て進む。
それでも聞こえてはいるだろうから、諦めずに話を続けた。


「彼女具合が悪くて、まだ本調子じゃないの。看病してあげたいんだけど、駄目かな?」


実はクロームだけじゃなく、犬くんと千種くんも心配だった。
クロームの部屋から出てすぐの廊下に、雲雀くんにやられたであろう犬くんが、玄関近くには千種くんが倒れていたの。
出血はしていなかったみたいだし、酷い怪我をしているようにも見えなかったけれど、あたしのせいだし、せめて手当てくらいさせて欲しかった。


「ねぇ、雲雀くん」


名前を呼んで促してみても、雲雀くんは答えない。
やっぱり怒ってるんだよね…。
それとも彼らが骸くんの仲間だから係わりたくないんだろうか。
骸くんはあたしが思っている以上に雲雀くんが骸くんを嫌っていると言っていた。
あたし以外の人間に彼が情けをかけると思っているのかとも。
それでも―――


「雲雀くん、お願い」


あたしはマンションに連れ帰ろうとする雲雀くんの腕にぎゅっと抱きつき、彼を引き止めた。
やっと歩くのを止めた雲雀くんは、それと引きかえに大きな溜め息を漏らす。
話を聞いてくれるのかと思ったけれど、彼はすぐにまたあたしの腕を引いて歩き出し、近くの路地裏に連れ込んだ。
そして誰かの家の塀にあたしを押し付け、乱暴に唇を重ねてくる。


初めから深く、抵抗を許さないキス。


それは執拗に長かった。
離れていた時間を埋めているような、他へ逸れた意識を自分へ向けろと言っているような。
いつもなら苦しくなると呼吸を整える隙くらいくれるのに…。
路地裏とはいえ、ここに繋がる通りを歩く人の気配は分かる。
既に何人か通り過ぎていたが、それでも彼の激しいキスは止まない。
見られてしまうのではないかとヒヤヒヤしたが、雲雀くんが満足してくれるまで、あたしはただされるがままでいるよりほかなく。
漸く彼が唇を離してくれた時には、気を抜いたら座り込んでしまいそうなくらいの脱力感に襲われた。
そんなあたしを支えながら、雲雀くんは顎に手をかけあたしを上向かせる。


「僕と彼女、どっちが大事なの?」


そう訊きながら、雲雀くんはあたしの濡れた唇を顎に添えた手の親指で拭う。
漆黒の瞳は熱に浮かされ潤んでいたが、当然の如く怒りを宿していた。
あたしは萎縮したが、彼から視線を逸らさず見つめ返す。


「…そういう問題じゃないわ。クローム具合悪いのよ?」

「僕だって昴琉がいないと調子悪いよ」


―――ダメだ。
自分が優先されなかったことに完全に拗ねている。
でも、ちゃんと話せば分かってくれるはず。
あたしはムスッとして見下ろす彼を説得にかかる。


「雲雀くん、あのね…」

「彼らはあの男の命令で僕から貴女を奪い去った。
 それがどれだけ僕のプライドを傷付けたか分かるかい?」


あの男って…雲雀くん、骸くんが彼らにあたしを呼ぶように指示されたこと知ってるの?
雲雀くんの漆黒の瞳がスッと細くなる。


「どんな理由があろうとも、僕は彼らを許せない。
 あの場で殺されなかっただけ有り難いと思ってもらいたいね」

「そんな…!」

「昴琉、分かってるのかい?貴女攫われたんだよ?
 監禁された上に看病まで押し付けられて…彼らとは高が数日一緒にいただけの関係だ。
 それなのにまだ看病を続けたいなんて、お人好しもいい加減にしなよ。
 貴女が、況して僕が、彼らに親切にしてやる義理が何処にあるっていうの?」


雲雀くんの言い分は尤もだった。
看病については自分で引き受けると決めたから違うけれど、彼の気持ちは理解出来る。
彼が物凄く心配してくれていたのは、クロームの部屋で抱き締めてくれた強さで分かってる。
それなのに再会の喜びもそこそこに他の人の心配をされれば、自分が蔑ろにされた気がしてしまう。
ただのヤキモチだと分かっていても、どんな時だって好きなヒトの一番でいたい。
そこへ自分の嫌う人物まで係わってきたら、そりゃ怒りたくもなるだろう。

雲雀くんの扱いには大分慣れてきたと思っていたけれど、皮肉にも、骸くんの方が雲雀くんを分かっていたってこと?
…悔しいなぁ。
雲雀くんが言っていることも間違いではないし、看病を続けたいというのはあたしの我が侭だから、彼の意見を覆すのは難しそう。
何より今の雲雀くんはあたしの言葉を聞き入れる余裕が無い。

うぅ、困ったな…。
雲雀くんも大切だし、クローム達も心配だし…このまま大人しく帰るしかないの?

考えれば考えるほど板挟みになって答えが出せない。
あたしは困り果てて雲雀くんの胸に額を押し付け、スーツの袖をきゅっと掴んだ。


暫しの沈黙。


その後に頭上から降ってきたのは、雲雀くんの盛大な溜め息だった。
彼はあたしからそっと離れ背を向けると、携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけ始める。

勝手にしろ、と突き放された気がした。

彼の耳に宛がわれた携帯電話から零れる、微かな呼び出し音。
それが芽生えた淋しさを増幅させる。
雲雀くんなら我が侭を聞いてくれるって、あたしが勝手に思ってたんじゃない。
彼の反応は当然で、それを責めるのはお門違いだ。


それなのに淋しさを感じるなんて―――嫌な女。


電話をかける雲雀くんの後姿は酷く遠く、数秒が妙に長く感じる。
誰にかけているんだろう。
草壁くんにでも連絡を入れるのだろうか、と思ったのだけれど―――


「…やぁ、僕だけど。君の霧の守護者、バテてるみたいだから様子見てやってよ。
 場所は―――」


雲雀くんは繋がった電話の相手に、クロームの家の場所を伝える。
……え?
今、『君の霧の守護者』って言ってたよね?
電話の相手ってもしかして…!
通話を終えた雲雀くんは、パタンと携帯を閉じ、胸ポケットにそれを仕舞いながらこちらに向き直った。


「彼女のことは沢田綱吉に任せればいい。
 ボンゴレのアジトには医療施設もあるし、身を隠すことも出来る。
 何より彼も貴女同様お人好しだからね。ちゃんと面倒を見てくれるはずさ」


そっか。
クロームは骸くんの仲間だけれど、骸くん同様ツナくんの守護者なんだ。
マフィアのボスのツナくんなら、追われる身である彼女をこっそりお医者様に診せることも可能かもしれない。
初めにツナくんに連絡を取ろうとしたら犬くんは嫌がっていたけど、今なら彼も抵抗出来ない。
それを見越して雲雀くんはツナくんに連絡を…。


「これで満足かい?」

「ありがと…っ」


込み上げて来た嬉しさを抑えることが出来なくて、あたしは愛しい彼に思い切り抱きつく。

ほらね、骸くん。
やっぱり雲雀くんは優しいよ。


クローム達のことだけじゃなくて、あたしまで助けてくれた。


思いがけず抱きつかれた雲雀くんは、それでもしっかりあたしの身体を抱き留め、仕方ないなと言わんばかりに深く溜め息を吐いた。



2012.3.18


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