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ドンッ!!!

大きな音が不意に耳に飛び込んできた。
驚いて飛び上がると、ギッと何かがが軋む音。

…て、えぇ?!
どうしてあたしベッドに寝てるの?!

上体を起こして隣を見ると、横になったクロームが大きな瞳であたしを見上げていた。


「わっご、ごめんね。すぐ出るから」


自分でも訳が分からなかったが、一先ずクロームのベッドから抜け出す。
クロームは少しだけ物悲しい表情を浮かべたが、すぐにまた大きな音がしたので、起き上がって不安げに掛け布団を胸に抱き寄せた。
あたしも訝しんで耳を澄ます。

一体何の音…?

ドアの向こう側から犬くんの怒声と争う物音が聞こえてくる。
千種くんと喧嘩でもしているのかと思ったが、そういうレベルじゃなさそうだ。

物音が激し過ぎる。

相手は千種くんではない他の誰か……まさか脱獄犯である彼らを捕らえようと、追っ手が?!


どどど、どうしよう…!


争い事に不慣れなあたしは一気にテンパった。
ベッドの上のクロームも閉じられたドアを恐々見つめている。
彼女も骸くん同様術師らしいけれど、弱って体力のない今、その力を使えるとは思えない。


骸くんとの約束もあるし、兎も角彼女は護らなきゃ…!


生まれてこの方戦ったことなんて一度もなかったし、頭も混乱していたけれど、守らなければならない存在がいるという状況が、あたしに強くそう思わせた。
急いで窓を開け、壁にかけてあった制服を彼女に持たせる。


「もしかしたら追っ手かもしれない」

「え…?!」

「部屋に踏み込んで来たらあたしが時間を稼ぐから、クロームは窓から逃げて」

「で、でも、それじゃ昴琉様が…」

「あたしのことはいいから」


この部屋には鍵がない。
今からじゃ家具を動かしてドアを押さえる時間もない。

物音はすぐ傍に迫っている。

あたしは部屋の中を素早く見渡して、武器に使えそうな物を探した。
時間を稼ぐにしても、流石に素手じゃ心許無い。
犬くんがクロームにくれた麦チョコは、投げつけたら目くらましに使えるだろうか。
椅子は振り回すには重過ぎるし……あ!

ベッド脇にあった小さな電気スタンドに目が留まる。
これなら軽いし、力のないあたしにでも振り回せる。

あたしは急いでコンセントからプラグを引き抜いて、電気スタンドを手に取った。
両手でしっかりと握り、素早くドアの脇へ移動する。
そして壁にピタリと寄り添うようにして立ち、息を潜めた。


相手が部屋に入る瞬間に不意打ちするしか、素人であるあたしの攻撃を成功させる術はない。


心臓はバクバクと早鐘のように打ち鳴り、極度の緊張から指先が急激に冷たくなる。
こんな時こそ雲雀くんがいてくれたら心強いのに…っ
護身術のひとつでも教えてもらっておけばよかった…!

一際大きな音と振動、そして犬くんの呻き声がドアのすぐ前で聞こえた。

頭を振って弱気を追い払い、視線でクロームに合図を送る。
彼女は泣きそうな顔でよろよろと窓の傍に移動した。
荒くなる呼吸を必死に抑え込む。

人を殴るのは怖いけれど、覚悟を決めなきゃ…!

震える手で電気スタンドを頭上に振り翳す。

い、いつでも入ってらっしゃい…!


ガチャリとドアノブが回り―――ドアが開いた。


見知らぬ誰かさんごめんなさいっ!!!


躊躇は命取り。
あたしは思い切り電気スタンドを振り下ろした。



ガキン!!!



部屋に短く響く金属音。
ジンと腕に伝わる衝撃。

防がれた!!

致命的な失敗に戦慄し、反射的に瞑っていた目を開ける。
やはりあたしの渾身の一撃は、鈍く銀色に光る金属の棒に阻まれていた。

…あれ?これって…トンファー?!

慌てて目の前に立つ人物を見上げると、驚きに漆黒の瞳を見開いた愛しい婚約者の顔があった。


「雲雀くん…!」

「昴琉…!」


どちらが動いたのが先だっただろう。
雲雀くんとあたしは互いにその場で武器を手放すと、両腕できつく抱き締め合う。

たった3日。
たった3日なのに。


強く抱き締めてくれるこの腕が懐かしくて、恋しくて。


ひとりきりではなかったとはいえ、雲雀くんと離れ、どれだけ自分が心細く感じていたのか思い知る。

あぁ!こんなに早く君に逢えるなんて…!
あの子、ちゃんと手紙を届けてくれたんだ。


ありがとう、ヒバード…!


やだ、泣きそ…っ
緊張から解放されて不意に込み上げて来た涙と震えを、あたしは雲雀くんの逞しい胸に顔を埋めて堪える。
それに応えるように、彼はよりきつくあたしを抱き締めた。


「…探した」

「ごめ…っ」

「怪我は?」

「して、ない…っ」

「……良かった」


短いやり取り。
けれど頭上から降ってきた低めの声に込められた安堵に、あたしの胸はきゅぅっと狭くなった。
再会の喜びと焦がれていた想いが、互いの纏う服に深い皺を作る。
今のあたしと雲雀くんにとって、言葉よりも口付けよりも痛い程に抱き合うこの感覚が、気持ちを伝える最良だった。


こんなにも雲雀くんに想われて、あたしはなんて幸せ者なんだろう。


心配されて喜ぶなんて不謹慎だよね。
あたしがしっかりしていれば、君に辛い思いをさせないで済んだんだもん。

本当に…ごめんね、雲雀くん。

自分の迂闊さを悔やみながら、心の中でもう一度謝って見上げると、雲雀くんはホッとしたように短く息を吐き出した。
そしてあたしに回していた腕を解き、カーペットに転がっているトンファーを拾い上げる。


「帰るよ」

「あ、待って!クロームが…」


まだクロームは全快していない。
やっと熱が下がり始め、お粥を食べられるようになってきたところだ。
犬くんや千種くんもいるけど、骸くんとの約束を違えて、このまま彼女を放って帰るのは気が引ける。
あたしの言葉を受けて、雲雀くんはオロオロしているクロームを一瞥した。
でもそれだけで、すぐに視線をあたしに戻す。


「話は後で聞く」

「でも…!あっちょっと、雲雀くん…!」


事情を説明しようとしたが、雲雀くんは問答無用であたしの腕を掴み、部屋の外へと引っ張った。
あたしは後ろ髪を引かれる思いでクロームを振り返る。
部屋を去る間際に見た彼女は、ベッドの脇にぽつんと立ち、雲雀くんに連れ出されるあたしを静かに見つめていた。



2012.2.20


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