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108


―――――ヒバードは無事、雲雀くんのもとへ着いただろうか。


小鳥って水浴び大好きなのよね…。
手紙に使ったペンが水性だったと気付いてから、益々心配が募る。
あぁ、ちゃんと確認すればよかった…!

しかも道中心配なのは水浴びだけではない。

しっかり括りつけたつもりだけれど、緩んで手紙が落してしまっていないだろうか。
そうでなくともヒバードは自分の足にくっつけられた異物が気になっているようだったし、その気になれば自分で取ってしまうことだって出来る。
そんな悪い事態ばかり考えては溜め息を吐き、あたしはヒバードを送り出してからずっとソワソワして落ち着けないでいた。

クロームの部屋の窓から見える空は、もう大部分が茜色から藍紫色に染まっている。

初めに連れ去られた場所は黒曜ヘルシーランドだった。
黒曜って名前についてるくらいだから、やっぱり黒曜町にあるんだよね。
そこからこの家まで移動は徒歩だったことを考えると、そう遠くないはず。
となれば黒曜町の隣町である並盛町からもそんなに離れていないよね。
何事もなければ、ヒバードはもう雲雀くんのところに辿り着いている計算になる。

何事もなければ―――


「昴琉、様?」


思い耽っていたあたしは、名前を呼ばれて我に返った。
声のしたベッドの方を見れば、いつの間にか目を覚ましたクロームが、横になったまま心配そうにこちらを見つめている。
椅子に座って外を眺めていたあたしは、腰かけたままくるりと彼女の方へ方向転換し、安心させる為ににっこり微笑んだ。


「よく眠れた?」


こくんとクロームが頷く。
それから少し躊躇う様子を見せて、彼女は小さく口を開いた。


「昴琉様…」

「ん?」

「ごめんなさい。私のせいで雲の人と離れ離れに…」

「何言ってるの。具合の悪い人が余計な心配しない」

「でも…昴琉様、時々淋しそうな顔をするから…」

「え?やだ、本当?」


クロームは申し訳なさそうに眉尻を下げて、あたしの問いに小さく首を縦に振る。
確かに彼のことは頻繁に思い出していたけれど、自分では顔に出ているなんてこれっぽっちも思っていなかったから、クロームの指摘は意外だった。
は、恥ずかしい…。
でも、バレているのに否定したって仕方がない。
あたしは苦笑いで答えた。


「……うん、そうね。ちょっぴり淋しいかな」

「ごめんなさい…」


クロームが真に受けてしゅんとしてしまったので、慌てて弁解する。


「あぁぁ、そんな顔しないで!クロームを責めてるんじゃないの。
 ただ雲雀くんとは、彼が仕事の時以外いつも一緒にいたから…えっと、その…」


そんなあたしをクロームの大きな瞳がジッと見据える。
何だか心の中を探るような視線でドキリとする。


「…昴琉様は雲の人のこと、好き?」

「…うん、好きよ」

「ずっと一緒にいたい…?」

「うん」

「雲の人は大切なヒト…?」

「そうね。とっても大切なヒトよ」 


ひとつひとつ重ねられる彼女の質問に、照れ臭いけれど正直に答える。
彼に出逢った頃は、まさか自分が中学生にこんな気持ちを抱くなんて思っていなかったけれど、今では雲雀くんのいない生活が想像出来ないほどに彼はあたしにとって大切なヒト。
自分のしたいことだけを自由にしてる雲雀くんを見てると、あたしはあたしで良いんだって思わせてくれるんだよね。

自分の弱さを見せられて、飾らないあたしを雲雀くんは受け入れてくれる。

だからこそ彼の為に頑張ろうと思えるし、愛し、愛されたいとも思う。
そういう存在は、人が生きていく上で欠けてはならないものだ。
人生の要所でそういった人達に出会えているあたしは、本当に幸福だと思う。

また数瞬躊躇いを見せたクロームは、意を決するように布団の端をきゅっと握った。


「―――骸様よりも…?」


あぁ、やっぱりそれが訊きたかったのね…。
初めて会ったスケート場であたしの気持ちを聞いていた彼女は、万が一にでもあたしが心変わりしているのではないかと期待しているのだ。

骸くんはクロームにとって、なくてはならない存在。

彼女を生かしているのは骸くんだと言っても過言ではないかもしれない。
あたしが雲雀くんを必要とするのとはまた違う形で、クロームが骸くんを心の拠り所にしているのは明らかだった。
熱に浮かされ彼の名を呼ぶこともしばしばだったし。
彼女の気持ちや体調を慮るのなら、ここは濁して答えた方がいいのだろうけれど…真剣に答えを求めるクロームにそれは出来ないし、こればかりはあたしも心を偽れない。


「―――うん。
 …ごめん。本当に雲雀くんはあたしにとって特別なの」


彼女の大切なヒトを拒まなければならない苦しさから、謝罪の言葉が漏れる。
あたしの答えはクロームの望む答えじゃない。
彼女は誰よりも骸くんの幸せを願っているから。
しかしクロームはふるふると首を横に振った。


「謝らないで、昴琉様。
 昴琉様の好きな人が骸様じゃないのは残念だけど、人を好きになるのはとても素敵なことだと思う…」


両親から突き放された彼女の口から紡がれたその言葉は、今の彼女が幸せを感じているからこそ言える言葉。
…強い娘だな。
少しホッとしながら、あたしは彼女の頭を撫でた。


「―――ありがとう。クロームは優しいのね」

「そ、そんな、こと…!だって私…!」


クロームは細い眉をグッと寄せて、益々申し訳なさそうな表情を浮かべた。
雲雀くんとあたしを離れ離れにさせたと、また自分を責めているのだろう。
あたしはにっこり微笑んで、今度は瞳を潤ませている彼女の頬をつんつんとつついた。


「大丈夫よ。クロームはそんなこと気にしないで、全力で元気になって?」


雲雀くんのことはきっと草壁くんがあれこれ世話を焼いてくれているだろうから、食事とか生活面の心配はしていない。

ただあたしが突然姿を消して、彼がどれだけ不安に思うか…それが気がかりだった。

元の世界に帰ってしまったのではないかとか、存在自体が消えてしまったのではないかとか。
あたし自身あちらの世界で雲雀くんと暮らしていた時に、そう考えて不安になることが何度もあった。
だからせめて、現状だけでもヒバードが知らせてくれたらいいのだけれど…。

あたしに頬をつつかれたクロームは消え入りそうな声で「はぃ」と答え、掛け布団を引き上げて顔を隠した。
ちゃんと受け答えをしてくれるからいいのだけれど、どうも彼女は恥ずかしがり屋のようで、よくこうやって布団に顔を隠してしまう。
布団から覗く骸くんそっくりの髪がパイナップルを髣髴させて、なんだか急に可笑しくなってしまった。
どうやってカットしてるのか後で訊いてみようかしら。
そんなことを考えながら、未だ布団に顔を隠したままのクロームに声を掛けた。


「さて、そろそろ御飯の支度してくるね」


椅子から立ち上がると、布団の中から素早く手が伸びてきてあたしを引き止めた。
華奢な腕なのに、痕が残りそうなほど掴む力は強い。
布団の中からクロームのか細い声がする。


「……行かないで…」

「どうしたの?具合悪い?」


あたしは掴まれていない方の手をベッドについて、彼女の顔を覗き込む。
勿論未だ布団に隠れてクロームの顔は見えない。


「クローム?」


訝しんで名前を呼ぶと、彼女はもう一度小さく「行かないで」と呟いたようだった。
どうしよう。
顔が見えないから具合が悪いのかどうかの判別も出来ない。
可哀想だが無理に布団を剥ごうかと思ったその時、クロームの可愛らしい声が突如変質した。


「傍に、いて……僕の傍に」


『僕』…?!
異変に気付いたけれど、既に遅かった。
布団の隙間から濃い霧が溢れ出たかと思うと、一瞬にしてあたしの全身を包み込む。
何が起こったのか理解する暇もなく、あたしの意識はパソコンの電源が落ちるかのようにプツンと唐突に途切れた。



2012.1.26


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