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…何だろ?

怪訝に思って視線を向けると、窓ガラスの向こうに真ん丸の黄色い物体が見えた。
それは部屋の中を覗き込みながら、頻りにガラスを嘴でつついている。


あれ、ヒバードじゃない!!


思わぬ訪問者に、あたしは急いで椅子から立ち上がって窓を開けた。


「昴琉!ミツケタッ昴琉!ミツケタッ」


わー!わー!わー!
窓を開けた途端に大音量で叫ぶヒバードの嘴を慌てて指先で摘む。


クローム起きちゃう!犬くんと千種くん来ちゃう!


思ってもみないあたしの行動に、ヒバードは円らな瞳を白黒させたが叫ぶのを止めてくれた。
ベッドに横たわるクロームに恐る恐る視線を向ける。

良かった…彼女の瞼は閉じられたままだ。

閉ざされたドアの向こうにも気配を感じないから、犬くんと千種くんにも気付かれなかったようだ。
ホッと胸を撫で下ろし、小声でヒバードに「静かにしてね」と呟いてから嘴から指を放した。
解放されたヒバードは軽く羽ばたいてあたしの肩に飛び乗ると、小さな身体でめいいっぱい頬擦りをしてくる。

心配してくれてたのね…ありがとう。

あたしも再会の喜びをヒバードに軽く頬擦りして返した。
おまえみたいにあたしにも羽があればいいのに。
そうしたら愛しい彼のもとに飛んで…帰れるの、に……?


―――――そうだ!ヒバードなら、雲雀くんと連絡が取れるかも!


あぁ、でもどうやって?
ヒバードは賢いけれど、流石にあたしの置かれた状況を雲雀くんに説明することは出来ないだろうし…。
その時不意に向けた視線が、机の上のメモ用紙とペンを捉えた。

これだわ!

あたしはメモ用紙を手に取って、ヒバードの足に括りつけられる位の大きさに細長く切る。
紙片はヒバードが飛ぶのに支障がないよう最小限でなくてはならない。
それでいてしっかり結べる長さが必要だ。
そこへ書ける情報は精々二文程度。
彼を悪戯に心配させる弱気な言葉は書いてはダメ。
肩のヒバードを指に止まらせて机上に降ろし、細い足に最小限の情報を書き込んだメモを丁寧に巻きつけ括る。
伝書鳩ならぬ伝書ヒバードの完成だ。


「お願いヒバード。それを雲雀くんに届けて?」


不思議そうに自分の足に括られたメモの端を嘴で引っ張るヒバードに、小声で言い聞かせる。
やっと見つけた連絡手段だ。
ヒバードの存在が犬くん達に知られるのは不味い。

一刻も早くここから飛び立たせなきゃ…!

あたしはもう一度ヒバードを指に止まらせ、些か強引に窓の外側へ降ろしてヒバードを部屋から閉め出した。
しかしヒバードはまた窓ガラスをコツコツつついて、なかなか飛び立とうとしない。
どうして一緒に雲雀くんのもとへ帰らないのかと不思議がっているようだった。
可哀想だがあたしは無言でしっしっと追い払うような仕草を繰り返す。


お願い、行って…!
気付かれる前に、早く…っ


祈るような思いで見つめていると、ヒバードは窓ガラスをつつくのを止めた。
そして左右に行ったり来たりを数度繰り返し、ピピッとひと鳴きしてやっと飛び立った。
うっすらと暮れ始めた空に消えていく後ろ姿を窓枠に手をついて見送る。

幸い今日は晴れているから、雨に濡れてメモの文字が滲んで読めなくなることはないだろう。


―――――ヒバードが途中で水浴びの誘惑に負けなければ。


ど、どうか雲雀くんのところへ真っ直ぐ帰ってくれますように…!

あたしはヒバードの消えた方向に掌を合わせ、真剣にそう祈った。


***


昴琉が消えて3日目の夕方。
彼女の捜索の途中、僕はふらりと並盛神社へと立ち寄った。
再会を果したこの場所なら、また逢えるような気がして。
勿論境内に昴琉の姿はなく、的外れもいいところだった。
分かっていたとはいえ、自然と口から溜め息が零れる。


依然として昴琉の居所が分からない。


正直彼らに黒曜ヘルシーランド以外の隠れ家があるとは思えず、打つ手がないのが現状だった。
風紀財団の人間を総動員して探してはいるが、相手は潜伏することに慣れている。
それでも動いていないとおかしくなりそうで。
思い付く限りの場所を僕は探し歩いていた。

歩き疲れた足を休める為に、賽銭箱の前の階段に腰を下ろす。
こちらの世界で再会を果たした時に彼女がいた場所だ。
夕陽に照らされ、紅く染まる木製の階段を指先でそっと撫でる。


―――昴琉…。


笑顔の彼女が思い浮かんで、胸の奥が狭くなる。
…あの笑顔が曇るような思いをしていないだろうか。
せめてオルゴールボールだけでも身に着けておいてくれたなら…なんて思ってみたところで事態が好転するわけじゃない。
既に3日も経過しているとなると捜索範囲を広げなくてはならないな。
国外へ逃げられでもしたら厄介だ。
既に空港に人を遣って見張らせてはいるが、幻覚を使われたらそれこそ意味がない。

…一度屋敷に戻って哲と打ち合わせるか。

待ってて昴琉。
必ず貴女の居場所を突き止める。

決意を新たに重い腰を上げた時だった。


「ヒバリッヒバリッ!」


暮れなずむ空をこちらに向かって真っ直ぐに飛んでくる小さな影。
それは頭上で一度輪を描いてから、僕の頭に舞い降りた。

ヒバードだ。

どこか慌てた様子のヒバードは、小さな足で僕の髪を鷲掴み羽をばたつかせる。
遊んで欲しいのかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。
明らかに様子がおかしい。
まさかとは思うけど、このまま飛んで僕を何処かへ運ぼうとしている?
そんな馬鹿げた思考を肯定する言葉をヒバードは叫んだ。


「ヒバリッ!ミツケタッ!昴琉ミツケタッ」


昴琉…だって?!
ヒバードは賽銭箱の上に飛び移ると、自分の足に括られた白い紙を嘴で引っ張った。

手紙…?

僕は細い足を傷付けないよう注意して、手紙らしき白い紙を外す。
クセがついて丸まってしまうそれを、指でのばしながら開く。



『クロームの家で彼女の看病してる。無事だから心配しないで。昴琉』



走り書きで綴られた短い二文と名前。
見覚えのある文字。

それを見た瞬間、安堵と怒りで視界が揺れた。

こんな形でしか僕に連絡をよこせないということは、彼女は監禁、もしくは軟禁状態にあると推測出来る。
それなのに無事だから心配するな?
そこは普通助けてとか、迎えに来てとかじゃないの?



心配くらいさせなよ、バカ昴琉…!!!



僕はくしゃりと彼女から貰った初めての手紙を握り潰した。
そして賽銭箱の上で僕を見上げるヒバードに言う。


「君、昴琉の居場所分かるかい?」


僕に訊かれて小首を傾げたヒバードは「コッチッ!コッチッ!」と言いながら、再び空に舞い上がった。



2011.12.18


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