×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

105


並盛町に隣接する黒曜町。
その町外れにある黒曜ヘルシーランドが、日本における六道骸とその仲間の主な潜伏場所だ。
かつて複合娯楽施設であったここは、彼等が住み着いた5年前には既に廃墟と化しており、今尚そのまま放置されている。
荒れ果て、陰湿で埃っぽい空気の流れる建物の中を、僕は昴琉の姿を探しながら突き進む。
カツンカツンと床を蹴る自分の足音に、時折割れたガラスの破片を踏み砕く音が混じる。
昼間でも薄暗い廃墟の中に特に変化はなかったが、嫌な気配が付かず離れずついてきていた。

普通の人間なら気付かないような僅かな気配。

この不愉快な気配には覚えがある。
放っておく気もないが、今は昴琉の安全が第一だ。
一先ず気配を無視していくつか部屋を巡る。

昴琉の姿はない。

最後に残ったのは二階の映画館。
そこへ足を踏み入れた僕は、数歩進んだ所で立ち止まり、肩越しに背後の気配に視線を送る。


「隠れてないで出てきたら?」


一拍置いて、扉の陰からゆらりと気配の主が現れた。
かつてこの場所で僕に腸が煮えくり返るほどの屈辱を与えた男―――六道骸。


「クフフフ…流石に気付いていたようですね」


あの頃から変わらない、人を食った笑みと口調。
それは昴琉の所在が分からず、苛ついていた僕の心を逆撫でた。
赤と青、対の瞳を睨み付け、鋭く言い放つ。


「昴琉を返してもらおうか」

「何の話です?」

「君だろ?彼女を連れ去ったのは」

「さぁ…どうでしょう」


骸は笑みを崩さない。
これは『知っている』笑みだ。


「惚けても無駄だよ」


ギィィィィィン!!!

振り返り様に仕掛けたトンファーの一撃を、骸は三叉槍で受け止め、広い空間に金属音を響き渡らせた。
僕と骸、互いの得物が交差し、ギリギリとせめぎ合う。


「…あれは僕のものだ。髪一本でも触れてごらん。
 復讐者の牢獄に囚われている方がマシだと思えるほど、きつく咬み殺してあげる」

「クフフフ…どうぞ出来るものなら」

「ワォ、大した自信だね。僕に勝てるつもりでいるの?」

「えぇ。今の一撃で分かりました」

「?」


交差する得物の向こうで笑う骸の口元が、ほんの一瞬深く弧を描く。
骸は拮抗していた力を緩め、僅かに生まれた隙を見て、後方へ飛び退き間合いをとった。
自身の身長よりも長い三叉槍をカツッと床につき、より一層不敵な笑みを浮かべる。


「弱くなりましたね、雲雀恭弥」


遠慮会釈もない侮辱の言葉に、僕はぴくりと片眉を跳ね上げた。


「…聞き捨てならないな。僕が弱くなっただって?」

「えぇ。少なくとも彼女を手に入れる前の君なら、もっと鋭く重い一撃を僕に放っていました。
 どうやら雲雀恭弥、君は昴琉の色香にすっかり牙を抜かれてしまったようだ」

「―――ッ」

「君の強さは孤高であってこそ。
 昴琉を手に入れたことでそれを失った今の君では、僕の足元にも及びませんよ」

「…黙れ!」


嘲笑を浮かべる骸に僕は再び襲い掛かる。

カンッカンッキィィィンッカカンッガッ 

左右上下、または同時にとトンファーを打ちつけ息吐く暇を与えない。


「どうしたの?耳障りな世迷言はもう終わり?」


普通接近戦ともなれば、リーチの長い槍は不利になる。
けれど骸は巧みに槍の柄でトンファーを受け止め、僕の攻撃を悉く防いだ。

小賢しい…!

止めとばかりに右下から掬い上げた僕の一撃を槍で弾くと、彼はその反動を利用して後方に宙返りをして着地した。
そこを狙って躊躇なく追撃するが、再び互いの武器がぶつかり合い、ギリギリと音を立てる。


「逃がさないよ」

「くっ…僕と渡り合うとは…流石です。それでこそ雲雀恭弥」

「さっきはヒトのこと弱いとか言ってなかったかい?」

「……昴琉は君のその残忍な本性を知っているのですか?」


また昴琉を使って揺さ振りか。
なんて芸のない。
睨めつけてやると、僕の動揺を誘うべく骸はいやらしい笑みを口元に浮かべた。


「もし心優しい彼女が君の本性を知ってしまったら……どう思うのでしょうね」

「君には関係ない」


挑発には乗らない。
この男は幻覚だ。
今を逃せば昴琉の居場所を聞き出せなくなる。
僕は唯一の手がかりを睨みつけ、低い声で問う。


「昴琉は何処」

「…ここにはいない、とだけ言っておきましょう。
 恋敵に親切にしてやるほど、僕もお人好しではありません」


恋敵?冗談じゃない。
馬鹿げた宣戦布告に口の端を上げて応える。


「図々しいね。同じ土俵に上がっているつもり?
 あれは僕のものだと言ったはずだ。君がどんな手を使おうと、昴琉が僕を裏切ることはないよ」

「君がどう吠えたところで決めるのは彼女です」

「言ってなよ。それより昴琉が何処にいるのか、さっさと吐いてくれない?」

「……まぁ、いいでしょう」


これ以上の挑発は意味が無いと分かったのか、骸は小さく笑うと、話の終止符を打つように三叉槍でトンファーを押し弾いた。
続く一閃を僕は上体を反らしてかわす。
よろめきながら繰り出した左トンファーの反撃は骸の身体を捕らえたが、手応えなく空を切り裂いただけだった。
切り裂いた部分から徐々に霧が発生する。


「精々頑張って探してください。
 君が見つけた時には、昴琉は僕の手に堕ちている。クフフフ…」


不快な笑い声だけを残し骸の幻覚は霧散した。
やはり昴琉をマンションから連れ去ったのはあの男か。
彼の本体は復讐者の牢獄の中。
大方仲間の誰かに幻術でもかけて僕に成りすまし、昴琉を騙したのだろう。


六道骸が昴琉に好意を抱いている。


それは昴琉をこちらに連れて来る計画に、彼がすんなり協力した時から気付いていた。
ただあの男の口からはっきりと聞いたわけではなかったが。


―――――遂に、認めたね。


僕はギリッと歯噛みした。
さっきは昴琉が僕を裏切ることはないと言ったが、六道骸は術士だ。
まやかしで彼女を騙し惑わすなんて造作ないだろう。

一刻も早く昴琉を取り戻さなければ。

発散し切れずに残ったフラストレーションをトンファーの一振りで遣り過ごし、僕は黒曜ヘルシーランドを後にした。



2011.11.18


|list|