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雲雀くんに手を引かれて長い板張りの廊下を歩く。
久し振りに来たなぁ。
あたしは今、雲雀くんが委員長を務める風紀財団のお屋敷に来ていた。
短い期間ではあったけれど暫くここで生活した身としては、何だか懐かしい気持ちになる。

……いつ見ても立派な造り。

欄間ひとつとっても、施された彫刻の素晴らしさに思わず見惚れてしまう。
それでいて如何にもお金かかってますといういやらしい雰囲気が出ないのは、雲雀くんの趣味の良さも反映されているんだろうな。
あたしは半歩前を歩く彼を見上げた。

今朝、雲雀くんに強くここへ誘われてついて来たものの…良かったのかしら。

一応仕事場だから気が引ける。
それが理由でマンションに移ったようなものだしね。
もう来てしまったのだから今更悩んだって仕方がないのだけれど。

てっきり私室へ行くのだと思っていたが、彼があたしを連れて来たのは客間だった。
…何で?
雲雀くんは繋いでいた手を離すと、迷うこと無くその手で襖を開け放ち、中に向かって声を掛けた。


「連れて来たよ」

「ありがとうございます、雲雀さん」

「あれ?ツナくん?」


中にいたのはボンゴレ10代目こと沢田綱吉くんだった。
獄寺くんや山本くんは一緒ではないらしく、ツナくんはひとりぽつんと広い客間の中央に腰を下ろしていたが、あたし達の登場に慌てて立ち上がった。
雲雀くんはあたしの腰をそっと押して中に入るよう促す。
不思議に思いながらも大人しくそれに従い、あたしはツナくんの方へ歩み寄った。


「ご無沙汰してます、昴琉さん」

「こちらこそ。元気そうで何よりだわ」

「昴琉さんも」


久し振りの再会が嬉しくて笑顔を向けると、ツナくんも嬉しそうに微笑み返してくれた。
それが気に入らなかったのか、あたしの腰に添えられていた雲雀くんの手が抱き寄せる形に変わる。
表情は涼しいままだったけれど、『僕のモノ』主張に他ならない。
相変わらずの反応に心の中で苦笑しつつ、あたしは雲雀くんに言った。


「お仕事なら席を外すけど…」

「いや、その必要はないよ。彼は貴女に会いに来たんだ」

「へ?あたし?」

「はい。ちょっとお話がありまして」


予想外の答えにあたしは目を瞬かせた。
そういえばさっき雲雀くん『連れて来たよ』って言ってたっけ。
改まって一体何の話だろう。
何かの事情で雲雀くんを説得して欲しいとか?
それとも京子ちゃんかハルちゃん絡みだろうか。
ツナくんの表情から察するに、真面目な話なのだろうけど……。


「一先ず座りましょうか」

「あ、はい」


腰を下ろすことを勧めるとチラチラと雲雀くんの顔色を窺っていたツナくんは、ほんの少し緊張した面持ちで座布団の上に正座した。
あたしもその前に座る。
雲雀くんは離れていた座布団を少しこちらに寄せてから腰を落ち着けた。


「それでお話って?」


促すと、ツナくんはまたチラリと雲雀くんの方を見る。
それからあたしに視線を移すと、膝の上の手をぎゅっと握り勢い込んで言った。


「昴琉さんと雲雀さんの結婚式、オレに手伝わせてもらえませんか?!」

「え…?」

「あ、えっと、先日はリボーンが迷惑かけたみたいだし、その…オレも色々迷惑かけちゃってるんで、手伝いたいっていうか、お祝いしたくて。
 それでオレに何が出来るかなって考えたら、式を開くことしか思い浮かばなくて。
 もう二人で色々決めてるとは思うし、余計なお世話なのは重々承知の上で手伝わせてもらえたらと……」


ツナくんは話している間、ずっと申し訳なさそうに眉尻を下げていたけれど、一生懸命説明してくれた。
一生懸命過ぎて必死な印象すら受ける。
あたしを真っ直ぐ見つめる大きめの瞳が、捨てられた仔犬のように不安げに揺れている。
……もしかして、まだあたし達が離れ離れになったことへの引け目を感じてるの?
初めて会った時に、ツナくんの気に病むことじゃないって言ったのに。

―――優しい子。

短く息を吐いて、婚約者の意志を確認する。


「雲雀くん」

「…昴琉の好きにすればいい」


ともすると投げやりに聞こえる台詞だが、見上げた彼の口元に浮かぶ柔らかな笑みがそれを否定している。
きっと既に雲雀くんの中では答えが出ているのだろう。
恐らく先に話を聞いていただろうし。
そうでなければ独占欲の強い雲雀くんが、ツナくんとあたしを引き会わせるはずもない。
ちゃんとあたしの気持ちを酌もうとしてくれている表れだ。
一緒に決めようと約束したから。
あたしは緊張した面持ちでこちらを見つめるツナくんに笑顔を向けた。


「お言葉に甘えちゃおうかな」

「本当ですか?!」

「うん」


ツナくんはあたしの答えに身体を前のめりにして大きな目を輝かせた。
如何にも嬉しいといった態度が素直に出てしまっている。
「す、すいません」と慌てて居住いを正す彼に、あたしは苦笑を漏らしながら言う。


「でも、ひとつお願いがあるの」

「何ですか?」

「あのね―――――」


***


ツナくんを見送ったあたしと雲雀くんは、以前暮らしていた部屋へやって来た。
あたしの物はマンションに持っていってしまっているから何も無いが、初めてこちらに来た時と変わっていない様子に安堵する。
雲雀くんは徐に畳の上に腰を下ろすと、あたしの手首を掴まえて引っ張り、自分の膝の上に座らせた。


「彼の自己満足に付き合ってやる必要なんてなかったのに」

「んもう、捻くれた捉え方しないの。御厚意でしょ?」

「へぇ…庇うんだ」


姿勢を安定させる為に自分にしがみ付くあたしを、雲雀くんは不敵な笑みを浮かべて面白そうに見た。


「な、何よ」

「昴琉だって少なからず分かってたんでしょ?沢田綱吉がまだ僕達に引け目を感じているって。
 だからこそすんなり彼の申し出を受け入れた。僕にはそう見えたけど?」


彼の鋭い指摘にうっとなる。
自己満足だなんて思わなかったけれど、確かに少しでもツナくんの気持ちが軽くなるならと思ったのは事実だった。


「本当に昴琉は甘いね。
 罪の意識から逃れたい弱者に情けなんてかけるだけ無駄さ。
 彼の罪悪感は彼自身のものだ。昴琉が沢田綱吉を哀れんだところで消えやしない」


雲雀くんは静かに、けれどきっぱり言って退けた。
チクリと胸に痛みが走る。
彼の言うとおり一度生じてしまった罪悪感は、たとえ相手に赦されたとしても、自分が自分を赦せない限り消えることはない。
日々の生活や過ぎ行く時間に薄れることはあっても、ふとした瞬間に蘇る。
あたしもそう。
だからツナくんの気持ちは痛いほど分かる。


「……何時までも過去に囚われているくらいなら、自分を赦すきっかけを他人に求めたっていいと思うわ。
 それは弱さだと君は嫌うかもしれないけれど―――現にあたしは雲雀くんに赦されて、前に進むことが出来た」

「昴琉…」


雲雀くんはさっと表情を硬くした。
触れてはいけないところに触れてしまったという顔。
あたしは彼を安心させる為にちょっと笑って、短いけれどふわふわの黒髪を撫でた。

 
「そんな顔しなくても大丈夫。言ったでしょ?あたしは前に進めてるって。
 それにね、ツナくんの提案が無くても人前式にしたいって雲雀くんにお願いするつもりだったし。
 ほら。雲雀くん、神様信じてないでしょ?」

「まぁね」

「だからあたしね、君にもう一度逢わせてくれた人達みんなに誓いたいって思ったの」


そう。あたしがさっきツナくんにしたのは、人前式にして欲しいというお願いだった。
それは雲雀くんが式を挙げようとしてくれていると知ってから決めたことだったけれど、沢山の人達のお陰で出逢えたあたしと雲雀くんにはピッタリだと思えた。
勿論群れることを嫌う雲雀くんには酷なお願いになってしまうのだけれど…。


「駄目…かな?」


少しだけ不安げに問う。
すると雲雀くんは伏し目がちに深々と溜め息を漏らした。


「駄目なら初めから貴女と沢田綱吉を会わせたりなんてしないよ」

「ありがとう、雲雀くん」

「でも僕は誰にも誓いを立てるつもりはない」

「ぇ?」

「…貴女以外にはね」


そう言って不敵な笑みを浮かべた雲雀くんは、あたしの左胸―――心臓の真上に唇を寄せた。


「―――ッ」


唐突な行動に驚き思わず身を引いてしまったが、いつの間にか身体に回された雲雀くんの腕がそれを阻む。
口付けたままそっと吐かれた彼の吐息が熱くて、服越しだというのに直に触れられたような錯覚に陥る。


決して忘れることのないよう、心臓に直接誓いの印を焼き付けられている―――。


そう思わせる彼の行為に、気恥ずかしくも嬉しくて息が詰まる。
―――本当に、心臓が焼けてしまいそう。
雲雀くんは名残惜しそうにゆっくり唇を離し、あたしの火照った頬に手を伸ばして親指の腹で優しく撫ぜる。


「だから昴琉も一番初めに誓うのは僕にして。
 じゃないと咬み殺すだけじゃ済まさない」


真剣で、怖くなるくらい熱を帯びた漆黒の瞳。
どう済まさないつもりなのかなんて、考える必要は無かった。
とっくの昔にあたしは彼に絡め取られているのだから。


「……当たり前じゃない。あたし、君のお嫁さんになるのよ?」


あたしは身体をずらして雲雀くんの膝から下りて向かい合う。
そして雲雀くんの胸に両手を付いて、彼がしてくれたように左胸にキスを落した。
その瞬間、雲雀くんはいつもは自然体のその身を珍しく強張らせる。
初々しい雲雀くんの反応が、ただただ愛おしい。
暫く口付けてから愛しい年下の婚約者を仰ぎ見た。


「愛してるわ、雲雀くん」

「昴琉」


慈しむようにあたしの名を呼んで見下ろす雲雀くんの瞳には、ドキリとするほど濃い欲情の色。
んもう…そんな顔されたらこっちが堪らない。
魅惑的な視線に負けたあたしは、彼の頬を両手で包み自ら雲雀くんの柔らかな唇に口付けた。


―――――結局この日、雲雀くんがお仕事をサボったのは言うまでもない…。



2011.6.9


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