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「どうぞこちらへ」


そう言ってジュエリーショップの店長さんが雲雀くんとあたしを通したのは、店内の奥にあるVIPルームだった。
絨毯は靴を履いたまま踏むのが申し訳ないくらいフカフカで、その色は嫌みのない落ち着いた上品なレッド。
その上にドーン!と置かれた、これまた座ると腰が埋もれるくらい柔らかいソファ。
そこへ勧められるままに腰掛けると、ソファの前に置かれたガラス製のテーブルに紅茶を出された。


「ご参考に幾つか商品をお持ち致しますので、少々お待ちくださいませ」


店長さんは一礼すると柔らかな笑みを残して部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを確認して、あたしは隣の婚約者に恐る恐る声をかける。


「ねぇ、雲雀くん。やっぱりこんな高級なお店止めない?」

「何言ってるの、今更」

「だ、だって…あたしには不釣り合いっていうかさ」


結婚指輪を買うならいい店があると、雲雀くんが連れて来てくれたのだけれど…。
高級絨毯に、座り心地抜群のソファ、天井からは目が眩むくらいキラキラしたシャンデリア。
目に入る物全てがこの店のランクを物語っている。
どう考えても一般人がおいそれと入れる場所ではない。
雲雀くんが陰の並盛の支配者っていうのは本当なんだと再確認するには十分過ぎる店長さんの丁寧な態度にも、すっかりあたしは尻込みしていた。


「大丈夫。貴女は僕が選んだ女性だ。ちゃんとここの指輪も似合うよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

「昴琉」

「な、何?」


ムスッとした雲雀くんに窘められるように名前を呼ばれてドキッとする。


「そうやって貴女はいつも自分を卑下するけれど、そろそろ価値観を変えた方がいい。
 そうじゃないと僕の目が節穴だって言われてるみたいに聞こえる」


卑下って…そんなつもりはないけど…うーん、そうなのかしら。
どちらかというと君のあたしに対する評価が高過ぎる気がするんだけどなぁ。
痘痕も靨っていうか…。
自分がそこまで見込まれるほどの人間だという自信は、きっといつになっても持てそうにない。
けれど雲雀くんにそんな風に言われてちょっと嬉しかったりもするし、5年も研究を重ねてこちらへ呼び寄せてくれたんだもん。
自信が持てなくても、雲雀くんに好いてもらえる自分を認めてもいいよね?
だってもし立場が逆だったら、あたしも雲雀くんに同じことを言うと思うもの。
あたしはちょっぴり肩を竦めた。


「…ごめん」

「分かればいいよ」


雲雀くんは紅茶の入ったカップを手に取って一口飲むと、短く溜め息を吐いた。
そしてカップを元へ戻すと、今度はがらりと優しい笑顔を浮かべてあたしを見つめる。


「これから一生僕達が身に着ける指輪なんだ。良い物を選ぼう?」

「うん」


素敵な笑顔と台詞につられて即答すると、雲雀くんは嬉しそうに瞳を細めてあたしの肩を抱き寄せてくれた。
幸せで満たされていく心に、ふと疑問が湧く。


「…ねぇ、雲雀くん。本当に指輪ずっと嵌められる?」

「何それ。僕が浮気するとでも思ってるの?」


また雲雀くんの機嫌が悪くなりそうになって、あたしは慌てて手をパタパタ振りながら否定する。


「違う違う!ほら、雲雀くん戦うの好きでしょ?
 戦闘中に指輪って危なくないのかなって。怪我したりしない?」


それを心配してバレンタインのプレゼントはネクタイピンにしたのだ。
勿論二人で嵌める結婚指輪は欲しいけれど、それが怪我のもとになるのは嫌だった。
ジッとあたしを見つめて雲雀くんが問う。


「心配してくれるの?」

「そんなの当たり前でしょ」

「…大丈夫。僕はトンファーで殴るから、拳を痛める心配はないよ」

「そ、そう?ならいいんだけど」


彼のトンファーの餌食になる相手には申し訳ないけれど、あたしはホッと胸を撫で下ろした。
彼が誰かを傷付けるのも嫌だけど、彼自身が傷付くのはもっと嫌だったから。
雲雀くんはそんなあたしの前髪を人差し指で軽く横に払う。
な、何?
そう思った時には既に露になった額に口付けられていた。
温かく柔らかな感触が離れると、幸せそうな笑みを浮かべる雲雀くんと目が合った。


「……昴琉、ありがとう」

「う、うん」


あー、びっくりした!
いつもだったらこんな場所でも二人きりなら唇なのに……額は予想外だったわ。
あっいや、その、唇が良かったってことじゃないのよ、うん。
あたしを見つめる雲雀くんの漆黒の瞳がいつも以上に優しくてドキドキしちゃったから、ちょっと期待しちゃったっていうか…あぁ、やだもうっ
つい火照ってしまったあたしの頬を雲雀くんの手が慈しむように包む。


「どんなのがいい?」

「この指輪と重ねづけ出来るのがいいな」

「結婚後も嵌めるのかい?」

「うん。雲雀くんがあたしの為に選んでくれたものだもの。
 仕舞っちゃうの勿体無いし、出来る限り身に着けていたいの」

「昴琉…」


雲雀くんは低めの声で優しくあたしの名を呼んで、今度はしっかりと唇を重ねてきた。
あ……もしかして、さっきはちょっと遠慮してくれてたのかな。
外でキスするとあたしが困った顔するから。
ちょっとは自制心が芽生えてきたのかな……ってしちゃってるけど。
離れた雲雀くんの唇にはあたしの付けていた口紅がうつってしまっていた。
こんなこともあろうかと、雲雀くんと付き合い出してからはあまり濃い色の口紅は付けないようにしてたんだけどなぁ。
バッグからハンカチを取り出して彼の唇を拭き、自分も口紅を付け直す。


「手馴れてきたよね」

「…節操のない誰かさんのせいですっ」


意地悪な笑みを浮かべる雲雀くんに頬を膨らませて応酬すると、彼は然も愉しそうにククッと喉の奥で笑った。
何よ。その余裕な態度は。
あーぁ、きっとキスされてあたしが嫌がってないのバレバレなんだろうな。
内心でこっそり悔しがっていると、雲雀くんがさっきの会話の続きを話し始めた。


「他に要望は?」

「指輪の内側にお互いの名前と結婚記念日は刻印したいなぁ」

「サファイアもつけようか」

「あ、もしかしてサムシングブルー?」

「うん。花嫁が何か青いものをつけると幸せになれるんでしょ?」

「じゃぁ雲雀くんの指輪にもつけようよ。
 お揃いにしたいし、きっと花嫁だけじゃなく花婿さんにも効果あると思うわ」

「昴琉がそうしたいのなら。
 まぁ、そんな石や迷信に頼らなくとも、昴琉がいれば僕は幸せだけどね」

「茶化さないのっ」

「貴女だってそうなんでしょ?」

「んもう…」


どうして雲雀くんたらこうも自信満々なのかしら…。
本当のことだけに、言い返せないのが物凄ーく悔しい。
それでも第三者が聞いたらバカップルとしか思えない会話は、VIPルームに設置された監視カメラの存在に気付くまで暫くの間繰り返された。



2011.5.5


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