(なち様リク/ハッピーチャージ2続編)





『じんつう、5分おきになったら、ミヤノさんふじんか』





冷蔵庫に磁石で貼り付けられてあるメモ帳が平仮名だらけなのは彼女のオレに対する「気遣い」というよりも「からかい」だと思う。

悪そうな顔して書いてる姿が目に浮かぶようだ。


ミヤノ産婦人科。
お世話になっている病院のことだ。




オレは最近、改めて空が強いってことを感じた。



元々強かったことに最近気付いたというより、どんどん強くなってきたような。




昔付き合っていた頃のような、「オレが守ってやるんだ!」とはまた別な気持ちで護りたいと思うようになった。




こんな風に、空が変わっていくのと同じ様にオレも少しずつ変わってきた。





からかいの含まれたメモの張ってある冷蔵庫の扉を開き牛乳を取り出しながらそんなことを考える。





こうなったらもう何があっても離れそうもない。


心の中で呟いて、1人苦笑を漏らす。




すると空が不思議そうな表情でこちらを見てきた。





なんか今日は顔色があまり良くないようなそんな気がした。陣痛くるんかな。





大きくなって、今にも腹を割いて出てきちゃいそうだ。


実際はリアルな実感は湧いていない。

だけど、生々しく感じる新たな生命。





頭の弱いオレには、“感じる”ことでしか理解出来ないけど。





コップの中のものを飲み干した後、空の腰掛ける椅子の横に立つ。





「ねぇ、なんでさっき笑ってたの?」




訝しげに聞いてくる空。

そんな空に笑えて、また口元を緩ませ彼女の頭に手を乗せた。





「なんだよ、あのメモ。平仮名ばっかりやん。」





「あはは。今更〜?前から貼ってたじゃん。」




「なんか今になって面白くなった。」




「良い嫁でしょ?」




くすくすと笑いながら見上げてくる空に「ハイそうっすね」と気のない返事をして空の頭に乗せた手を揺らして撫でてやる。



嬉しそうにはにかむ空。そんな表情はやっぱり少しだけ弱さを感じる。




「あ、やばい。ちょっと、痛い。」




「え?腹?」




「ううん、腰、かな?お腹もちょっと痛いけど…」




眉を寄せる空にとうとう心配になってきたオレは空の腰をさする。





「あ、これはきたな。いったーい。」




声だけ聞いたら全然痛そうに聞こえないけど、実際目にするととてつもなく痛そうだ。



初めてこんな風に痛がった時はとても焦ったけど、何度も何度も空を襲う幸せな痛みに今はもうだいぶ慣れた。





少し強めに腰を撫でてやると良いらしく、最初は割れ物に触るような勢いで撫でていたから「もーいい、くすぐったい」とよく言われた。







「うー…、」





唸る空。やっぱり苦しそうな空を見るのはまだ慣れない。

この苦しみを取っ払ってやりたいけど、オレには大したこと出来なくて、もどかしい。











「よし、行こうか。大丈夫?」




車を準備し、空の手を握りながらそう言う。

空は、額に汗を滲ませながら頷く。





車を走らせている途中、尚も痛がる空を見て、やばい、本気でやばい、って何度も思って、その度に落ち着け!って言い聞かす。






「邦広、なんか、…出ちゃいそうな気がする…」




「え!?ちょ、まじで?もう少し待ってもらって、もう着いたから!」





待ってもらってって…不意に出た言葉だけど今ここにいるのは3人なんだなぁと実感した。






なんとか病院について、焦るオレを余所に産婦人科の先生はいやに冷静で、安心していい筈のオレは何故か不安になった。





「邦広、生まれる時、そばにいてね?」




どうやらもう生まれる直前だったらしく空はベッドに横になりながら薄く笑って言ってきた。

オレは大きく頷いて、

「頑張ろうな!」

と声をかける。
空の皮膚の表面に汗の玉が浮かび上がる。



やばい、こわい。
なんて思ってしまった。



こんなにゴツい体して、空より何倍もいかついくせに、空より何倍も怖がってる自分が居た。




手術が始まり、空の大きな声が聞こえる。
立ち合うことを前から決めていて、そばに居られるけど、今少し後悔している。

なんていうか、やっぱりこわい。



しかもオレは空の汗ばむ手を握って「空」と呼んで声をかけるしか出来ない。



てきぱきと事を進める看護師さん達の声をしっかりと聞く空は、逞しい。









赤ん坊の元気そうな泣き声。



空の瞳が涙に濡れた。









オレと空の子供を見た時、あぁやっぱり立ち合って良かったと思った。


そして、落ち着いている空を見て、やっぱり強いと心底感じた。





「やった、ね。」




弱々しく微笑む空の表情は確かに幸せに満ちていた。




「愛してる!」





思わず叫んだオレに、笑ってくれる空。



親になること、父になること、親子になること。

全てが新しいけど、全てが恐いことだけど、こんなにこんなに愛してる空との子どもだなんて、命かけて幸せにしたい。






「どっち似かな?まだ分かんないね。」



「空に似てたらいいなぁ。」



「そうね、邦広の頭の悪さは譲り受けて無いといいね。」







「……そこ?」




















空と共に親になり、神秘的ってこうゆうことを言うのかな、とまた1つ知識が増えてから1年。





「あー」とか「うー」とか言うチビを片膝に乗せてご飯を食べさせる。





「かわいー、まじで、かわいー。お前可愛いね。」





顔が崩れそうなくらいにデレてしまうオレはチビの赤い林檎のような頬を触りながら言う。




「あー、こぼしてる!邦広、可愛いのは分かったからちゃんと食べさせてあげてよ?」




「分かってるって」




空が頬を膨らませながら柔らかいハンカチでチビの口を拭く。





「それから、邦広も早く食べて!時間になっちゃうよ?」




少し口うるさくなった空。だけどそうさせているのは紛れもなくこのオレだったりする。





「うん、もうちょっと。」




オレの返事に見かねた空は息をついて、オレの膝の上のチビを人形を扱うようにひょいと抱き上げた。




「だーめ。チビちゃんばっかり相手しないの。私がするから邦広はまず自分のご飯食べなさい。」




空はやれやれと言うように肩を竦めるから「はいはい」と返事をした。






「困ったパパですねぇ?」





チビをあやしながら空は言う。

そんな2人がどうしても愛おしくて、見続けてしまう。





「ほら、邦広。あと10分しかないよ?」



「ぅえ?うそ、まじで!?」



「私知ぃらなぁい。」



「やっばい、行ってくる!」






口を尖らせる君が最近少し寂しそうなのは気付いているよ。




こどもばっかり構ってるオレに、少しだけ妬いている君も分かってるよ。






だからたまにこうして、





「空、行ってきます。」




笑って、




「いってらっしゃい。怪我気をつけてね?」






愛する命を抱く空の前髪に






「はいはい。」





触れるだけのキスをする。





赤い顔をしてくれる空と、何にも知らないチビに微笑みかけて、今日も幸せをかみしめる。









たいせつで
たいせつで
分からなくなることもあるだろう。


だけど、オレの腕の中にある愛する2人は、



二度と手放さない。


何があっても手放さない。




それがオレの死ぬまでの使命。



その代わり
空とその子供の使命は、
疲れて帰るオレを、
癒やして回復させること。



ずっとずっと。












ハッピーチャージ











エンド







アトガキ
なち様、続編とのリクエストをありがとうございました!詰め込みすぎて長くなってしまいました。後書きで反省を書くとまた長くなりそうなので省くとして、今回ばかりは出産経験のある方にお話を伺ったりなどをし私自身勉強になりました!最後まで呼んで下さりありがとうございました。イメージと違っていましたら申し訳ありません。