1人でも大丈夫。
あなたが居ても居なくても変わりはない。
そんなのは嘘。
「終わりにしよう、俺たち。」
突然告げられた言葉。
最後までカッコイイ女でいたい、そんな強がりを盛大に発揮した私は泣きもしなかった。
好きで、好きで好きで、愛している慶彦が離れていく。
心底呆れたように目も合わせずに、離れていく。
*
あれから、何日たったかなんて、覚えていない。
だけど、暗く苦しい夜を何度越えたかは覚えている。
日常で当たり前にいた慶彦の姿が居なくて。
幻覚さえ感じてしまって、朝起きたらだいたい睫が濡れていた。
頭を押すように撫でる慶彦の手のひらの感触は、いつも撫でてくれていた場所が覚えていた。
私も大人だし、それなりの恋をしてきたから、別れがいつかあることくらい知っている。
だから、辛くない。そう思っていたのに、
知ってしまった。
人生で一番好きな人は慶彦だったということ。
あぁこれが、そうなんだね。
失ってからしか気付けないなんて、人間の機能はどうかしてる。
普通な日常。
慶彦と付き合う前に戻っただけ。
それなのに、一度覚えてしまった慶彦の纏う、ゆるくて、自由で、ふんわり漂う微かな暖かさとか、そんな独特な雰囲気に触れられないことが物足りなく感じる。
好きなんだ。今でも。
思い出が、幸せすぎる。
慶彦が視界に入ると、胸が潰れそうだ。
職業上、別れてからも慶彦とは関わる。
「空?大丈夫?」
ぐっと眉をよせる私に、慶彦が聞いてくる。
彼氏でもない、ましてや私のこと好きじゃないような人が、心配そうな顔をしてくる。
涙が、とうとう溢れた。
あぁもう、出るな。
そう思っても、ぱたぱたと頬をつたう。
「空…?」
やめて、やめて、どっかいけ、慶彦。
そんな願いと裏腹に、慶彦はゆっくりと近付いて、私の頭に手を伸ばす。
ぽん、と私の頭にのった慶彦の手のひらは、押すように撫でる。あの頃と同じ。
せっかく、せっかく少しずつ忘れていたこの感触はまた、私に刻まれた。
「空、どした?」
…優しくなんて、しないで。
「そんな気ないくせに、優しくしないでよ…!」
泣きじゃくりながら、叫ぶ私はガキで、バカで、だけど、悔しくて。
なんで、なんで私は動けないの?
「忘れようと、してるのに……」
喉が熱い。振り絞る声は、慶彦まで届いただろうか。
消えない過去が、苦しくて苦しくて、忘れなきゃ前に進めそうもなくて、前に進みたいから、忘れようとしてるのに。
困った様子の慶彦は、手を離し、行方を失ったその手は自分の頭をかいた。
「…空。大好きだった。」
そんなこと、言わないで。
お願い、やめて。
そうやって慶彦はまた私を1人動けないままおいていくんでしょう。
あなたのその「好き」というたった2文字で、私はもうきっと、進むことが出来ない。
今、慶彦が私のことをもう好きじゃないとしても。
出会わなければ良かった。
好きになりたくなかった。
だって意味がない。
得たものがない。
なのに失ったようなこの感じは一体なんなんだろう。
「ごめん。」
あぁ、面倒臭そうな顔。被害妄想かな。
口先だけの言葉。すべてが悪く見える。
心が、ない。
どうせなら、嫌いにならせて。
そんな願いからだろうか。
慶彦が悪い人みたいだ。
止まらない涙をとめたくて、一度冷静になってみる。
ごしごしと目を擦って、目も合わせずに私の口をついて出た言葉は、心無いものだった。
「だいきらい」
そう、これも嘘。
本当は私まだ慶彦が好き。忘れられない。
あとどれだけ涙を流したら、この恋に決着がつくのだろうか。
エンド
※書き直し予定あり