辛いこととか悲しい事とかって、
早く忘れたいと思うし、
忘れることが大切だと思われがちだけど、
きっと、他にもある。
辛いこととか悲しいことに
真っ向から立ち向かえることも、
出来たらいいと思う。
君だから、好き。
「空、飲み過ぎだと思うんだけど。」
そう忠告したら、赤い瞳でキツ目に睨まれた。
この酔っ払い。女の子が酒に飲まれるんじゃありません。
「なによぅ、ゆーたまでさぁ、私が悪いってゆうのお?」
「いや悪いってゆうかね、ハイ、じゃあもうその一杯で終わり。」
焼酎の入った瓶を取り上げると、「え〜」とうなだれる空。
「ゆーぅちゃんっ!」
急に抱き付かれて、苦笑いと共に深いため息を吐いた。
「はあい。なんですか。」
受け止めてあやすように背中を軽く撫でてやる。
まったく、保護者ですか俺は。
元々、お疲れ様の飲み会だとか言い出したのは空だろう。
とか色々思いつつ、大人しく腕の中に収まる空を抱き締めてみた。ちょっとした恨みを込めて。
そんなことも知らずに、空は嬉しそうに「でへへ」なんてゆうだらしない笑い声をだした。
「裕太、包容力すごいよね」
「そりゃどうも。」
「いーっつも大人みたいな態度だし」
「もういい大人ですからねぇ」
俺の胸に顔を埋めたままそんな褒め言葉を紡ぐ空に笑いながら答えてやる。
「バレーしてる時はさ、あんなに小さいのに」
「まぁ周りがデカいしね。」
そりゃ小さく見えるよ。世界と戦う上でバレー選手として俺は小さすぎる。空からしちゃあ俺はデカいんだろうけど。
「バレーしてる時は、こどもみたいに、必死になって、悔しがったり、喜んだりしてるのに…」
空の声の振動がダイレクトに胸に響く。
「私の前の裕太と、バレーしてる裕太は、別人みたい。」
なんとなく、可愛いなと思って笑ってしまう。
「双子とか?」
「ないない。」
空は肩を震わせ笑っている。
「どっちが裕太?」
「どっちも裕太。」
「おんなじ裕太?」
「そう。おんなじ。」
頭をよしよしと撫でてやると、空は俺に回す腕に力を込めてきた。
「じゃあ、今、裕太はバレーのこと考えてるの?」
探りを入れるような質問に、思わず身構えてしまう。
バレーのこと?今は、空のことを考えてる。
いつも以上に酔って、心配で、抱きついたままで顔を見せてくれない、不安そうな空のことを考えている。
どうやったら空の本心が聞けるのか、その不安は俺がどれだけ取り除けるだろう、と、今は空で頭がいっぱいだ。
「今は、考えてかなったなぁ。」
「忘れてた?」
相変わらず顔を上げてくれない。声は切ない。
空が何を不安がっているのか、分からない。
けど、ちょうど、そうだ。抱き付いてきてから、様子がおかしい。
空の声から不安がひしひし伝わってくる。
「空?」
「…バレーしてるときは、私のことなんて、忘れてる?」
あぁ、そうか。
そうゆうことだったのか。
空の体を強く抱き締めてみた。
すると、空も細い腕で強く抱き締めてくる。
「正直、言うよ?」
信頼を深める為には必要なことだと思うから。
空は頷いた。
「目の前のことで、いっぱいだよ、俺は。」
頭をゆっくり撫でながら言えば、じんわりと胸に温かさを感じた。
心臓がじんとしたとかそうゆう意味じゃなくて、俺の着ている服が空の涙で濡れたんだ。
「違うの。」
呟く空に、「なに?」と聞き返した。
「ごめん。こんなこと、言うつもりなかった…」
涙声の空。
抱き付いて離さない空をゆっくり離してやると、俯いて謝ってきた。
「ごめんなさい…」
「ん。寂しかったんだろ?だったら、俺もごめんな。」
「うん、でも、ごめん、もう大丈夫。」
空の頬を流れる涙を親指で拭いながら詫びると、少し笑顔になった。
「大丈夫じゃない。どうしようか。」
「大丈夫。ちゃんと私、強くなれる。」
「ほんと?酒さ、飲む本当の理由って、忘れるためだったろ?」
自分の中の悪いところを忘れるため。それか、気持ちを吐き出したかったか。
「…うん。でも、ちゃんと忘れられる。」
褒めてと言うように見つめてくる。
小さな額に口付けると、安心したような表情を浮かべる。
「ありがとう、空。」
「ううん。私、バレーしてる裕太が大好きだもん。一緒に頑張る。」
「ほんと、ごめんな。好きだよ。」
頭を抱いて告げる。
いつか、「忘れる」じゃなくなればいい。
けど、そんなことは空なら自然にやってのけるだろう。
きっと、俺が言うまでもなく。
だってさ、ほら。
空は俺のこと好きだから。
俺も空のことが好きだから。
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