夏
(きみといっしょ)
人混みの中で彼を見つけるのは容易いものだ。
片手を上げて、ちょいちょいと手招きしてくれているけど、そんな事しなくたって目立つんだから分かっちゃうよ。
苦笑いを浮かべながら小走りで寄っていく。
普段着ないので慣れない浴衣のためにあまり早く走れなくて転びそうで恐い。
人混みも結構凄くて、どうせ前も見えないので通り過ぎていく人を見て歩いていたら、どんっと真っ正面にぶつかられた。
「あ、すいません!」
なんで私が謝んないといけないんだ、と思いながらも口が勝手に動いた。
「すいませーんってちゃうやろ?」
顔を見ると、会いたくてしょうがなかったあの人だった。
こっちまで来てくれたみたいだ。
「人むっちゃ多いやんかー」
「ねぇ、凄いよね、」
少し大きめの声で話さなきゃ聞こえない。
ぐいっと手を引かれて、その後優しく握られてどきっとした。
「空…」
「へ?なになに?」
呼ばれた気がして曖昧に聞こえてきた言葉を聞き返すと、「ちょっと一回向こう行こか」と耳に口を近づけて言ってくれた。
言われるがまま連れて行かれると、少し人の量が減り屋台も無いところへ出た。
「ふー、やっと息できた!」
「ずっと息止めてたん?」
達哉が笑いながらちゃかしてきた。
「…それにしても、」
そう達哉は呟くと私の目の前に立ち止まった。
そして下から上までゆっくりと私を見学してきた。
戸惑う私に達哉は気付いているのかいないのか、暫く私を見ているようだった。
そんなにじっくり見られたら不安になる。
浴衣、まずかったかなとか似合わないかなとか張り切りすぎとか思われたかな、なんて、考え出せば止まらない。そんな事を考えるほどに不安は押し寄せてくる。
「へん、だったかな…?」
「いや、てゆうか…」
焦ったようにしてそこまで言うと、急に視線を逸らして斜め下を見てしまった。
そして口元を片手で覆って小さな声で次いで言った。
「浴衣、めっちゃええ。」
こんな風に照れた達哉を見ると、勝った気持ちになり、それがばれないように小さくガッツポーズをした。
「良かった。着たかいあった。」
私も笑って返すと、頭を大きな手が数回撫でた。
そしてまた私の手を取り歩き出した。
それだけを言うとまた屋台のある場所へと入っていって色々と遊んだ。
金魚すくいも射的も何をしても器用に出来る達哉。
本当にすごいなと思うし、やっぱりかっこいい。自慢の彼氏。誰にも自慢なんてしたくないけど。だって私だけが知っておきたいし。
「そろそろ花火始まるんちゃうかな。」
そう呟くと達哉はまた私の手を引っ張る様にして人ごみの中を進んでいく。
少ししたらまた屋台の無い場所へ出た。
いつもは広い普通の公園の場所。
今日みないな日はまるで別の場所のようにも見える。
だけどやっぱり少し離れたら、いつもの公園な場所があった。
たまたま1つベンチが空いていたから、そこへ二人で腰掛けた。
「見えるかな、ここ。」
周りにあまり人が居ないので、達哉に問いかけて見ると、「さぁ?」なんて適当な返事が返ってきた。
「見えなかったらどうするのよお!」
「えぇんちゃう?そん時はそん時で。」
「は?」という言葉をギリギリで飲み込んで、何が良いのか理解出来ずに首を傾がせた。
「な?」
そうにっこりと笑顔で言う達哉にまた私は「何が…」と眉をひそめて返した。
すると私へと腕を回し組む様にして肩を抱き寄せられた。
驚いて目をぱちぱちさせていると、達哉は私をみて乾いた笑いをこぼしていた。
人が居るところであまりこうゆうことをしない彼だから、私は珍しいこの些細な出来事にどきどきとしてしまった。
とにかく、達哉はご機嫌のようで良かった。
そんな事を考えていると、急に腹に響くようなドンとゆう音が数回連続に聞こえた。
花火だと思った私は、急いで空を見上げて花火を探した。
あれ?…無い。
「あっはは!」
達哉の愉快な笑い声。
「見えないじゃん!」
「見えたやん!ちゃんと見とけや!」
「うっそだ!やっぱここ見えないんじゃ…」
「あ、ほらほら、上がったやん!ってどこ見とんねん、こっちやこっち。」
そう言うと達哉はまた私の肩を半ば強引にぐいっと寄せてきたから、バランスを崩して達哉の胸の辺りに頭を付けた。
すると、夜空に綺麗に広がる花火が見えた。
暗い空に栄えて映るそれは、ほんの数秒だけど目に焼き付くような印象を与えて消える。
「きれ…」
暫くの間、達哉に体重を任せて見ていたが、花火が終わって冷静になるとまた、変な緊張が襲ってきた。
「あ、ごめん、重かったね。」
「ええよ。可愛かったから。」
またサラリと恐ろしいことを言ってくる彼に私の全体温が自身の顔に集中していくのが分かった。
「た、達哉、なんか今日、変。」
思ったことを素直に言ってみた。
「はは、今日ばっかりは許してや。」
意味の分からないことをまた…。多分彼なりに意味のある言葉なんだろうけど、私にはよく分からないから黙って続きを聞くことにした。
「せっかく浴衣着てきたんや。こんな可愛い子目一杯可愛がっとかんと損やろ?」
続きを聞いても相変わらず意味は分からない。けど凄い褒められてる気がして物凄い勢いで照れてしまった。こんな可愛いと言われたのは人生初だ。浴衣が可愛いのか私が可愛いのかは別として。
浴衣マジック恐るべし。
達哉は突然私の顔を覗き込んで満足そうに微笑むと、暫く見詰めてきて、ゆっくりと口付けてきた。
暫くそのまま、触れるだけのキスを続けていて、私もいつの間にか目を閉じてそれを受けていた。
離れた時に、どうしようもなく愛しくなった。
彼が幸せそうな表情をしていたからもっと。
達哉は優しく大人な笑顔を浮かべると、私の耳に口を寄せて耳打ちするような体制になったから、私は聞く心構えをした。
「ほんとはもっと可愛がったりたいねんけどな。」
低く甘い声でそう囁かれ、ぞくりと背中が震えた。
危ないなこの人。
ああそうか、達哉の言う「可愛がる」ってそうゆう意味?
ときめきを返せ。
そう強く思い、怪しい動きをする達哉の腕を思いっきり、ええそれは今までからかわれた分すべての恨みを込めて指先に全神経を集中させて、抓ってやった。
「痛い痛い痛い、冗談やんか!」
「ばか。変態。」
「ごめんな?」
困ったように笑う達哉。
こんなことをされても素直に照れてしまう私もなかなか悪いと思うけど。
でも、悪い気もしないでもない、かな?
「なぁこっち向き?」
ふと達哉に言われ、「何よ」と振り返ると、顎を持たれ上を向くようになった。
そして本日二度目のキス。
「恥ずかしいんだけど…」
目をそらしてそう文句を垂れると達哉はまた「ごめん」と気持ちのこもって無い口だけの謝罪をした。
そして達哉は宥めるように頭を撫でた。
祭りの屋台とか、花火とか、
凄く楽しかったしきれいだったのに
あんまり覚えてないのは、
君がそれ以上のことをして
私の全てを奪ったから。
こんなの初めてよ。
エンド
アトガキ
福澤さんチャラい(笑)すいませんでした。書き直したのにこんな感じになってしまいました。ここまで読んで下さりありがとうごさまいました。