どき、どき、
どきどきどきっ
帰り道
青く冷たい風が髪を撫でる。だいぶ外も涼しくなってきた。
日が沈むと寒くなるようにまでなった季節にも関わらず、あたしの顔には熱がこもる。
バレーの練習を終えて(あたし自身はマネージャーの仕事を終わらせ)一人帰っていたら、先を歩く福澤くんを見つけた。
勇気を出して「途中まで一緒に帰りませんか?」って言ってみたものの…
あたしの額には汗がじんわりと滲む。
快く笑って「ええで」と言ってくれた福澤くんだけど、こうして隣に歩いてもいいのか不安になる。
だって、2人並んで歩くなんて、付き合ってるみたいだし。
なんて、こんなこと考えてるのはあたしが福澤くんのこと好きだから意識しちゃってるだけたんだと思う。
「あーっあかん、やっぱり」
「え、何がですかっ」
先程まではバレーの良さについて色々と語っていた彼だが、急に理解不能な事を言い出したんで、つい笑って聞いてしまった。
「大会近いっちゅうのに調子あがらへんねん」
「あー、空回りってやつですかね?」
「え、俺そんなに張り切っとるよーに見える…?」
「はい、ってゆうかいっつもそんな感じじゃないですか」
わざとらしく、嫌みったらしく見栄張って言ってみた。
そうすると、「うっそー」と言って求めてた反応をそのまましてくれたから笑いがこぼれた。
「冷静にならなあかんなぁ」
そうつぶやいて苦笑いを浮かべた。
何ら普通な会話だけど、わたしにとっては一言一言が重大発表みたいに聞こえて、わたしの言葉に返る福澤くんの言葉が待ち遠しくなってしまう。
たくさん話をした。
バレーの事から、普段の生活のことも。
流暢な関西弁で、面白い話をたくさんしてくれた。
わたしは笑ってばっかりだったけど、大丈夫だっかなあ。
わたしは面白い話出来てなかったかもしれないのに笑ってくれてたなあ。
恥ずかしくて彼の事を見れずにいたけど、つい見てしまった。
夕日が福澤くんの横顔を浮き彫りにしている。
もう目が離せない。
もう少ししたら、別れないとならない、そう思うと嫌でしょうがない。
先に見える横断歩道を、福澤くんは渡らない。
そんな事を考えながら福澤くんの横顔を見ていると、福澤くんもこっちを見て、ばちっと目が合った。
「…空ちゃん?」
わたしは何故かわからないけど、不自然に笑っただけだった。
「あ、ここやんな。」
横断歩道の前。
信号はまだ赤。
充分だったのに、
少しの間一緒にいれるだけで満足な筈だったのに、欲求が抑えられない。
まるで、幼い子供みたい。
自分の欲しい物を買ってもらえないときに泣き出すあの時みたいな感じだ。
昔みたいに言えたらいいのに。
横断歩道の前に立ち止まる福澤くん。
「じゃあ、おつかれさまです。」
言いたくない言葉を無理して笑って言ってみた。
福澤くんの顔を見上げて見れば、やっぱりどこか和んで満足感が生まれた。
「信号、変わるまでおったるよ。」
福澤くんは自分の首に手を掛けて、いつもの合わせる笑顔じゃなくて、ぶっきらぼうに口元を尖らせてそう言った。
ねぇ、どうしてそんなに
愛しいことをしてくれるの?
わたしはただ目を見開いて驚くだけだった。
心臓の音がバレそうで胸に手を当てた。
「てゆうか、この間のやつやけど…−」
するとすぐいつもの笑顔に戻って話を続けた。
お願い、まだ変わらないで。
まだ青にならないで。
わたしまだこのままがいいよ。
会話をしつつ、頭の中ではずっとそう願ってた。
「空ちゃん、おもろいわぁ」
「ほんとですか?」
お腹を押さえて笑いながら、言ってくる彼にわたしも笑って言った。
そのとき、信号が青に変わった。
気付いてないふりをした。
「なぁ、練習んときもそんくらい喋りゃあええやんか。」
「練習中はあたしは仕事中ですもん。」
「空ちゃんがいっつもそんくらい喋ってくれたら、俺、もっと頑張れるで。」
「またまたぁ!」
とんでもない冗談を言ってきた彼に焦ってしまったのを隠したくて、笑って聞き流した。
でも、こんなこと冗談でも嬉し過ぎた。
「あ、青なっとるやん、」
あぁ、ばれちゃった。
本当にこれで楽しい時間は終わりだ。
また、明日も会えるし、大丈夫。
「ほんとだ、でわ失礼します!」
笑って横断歩道に一歩踏み出した。
「…っ!?」
すると、右手を福澤くんに掴まれた。
あたしの手首を、堅くて熱い大きな手が触れて握った。
「空ちゃんっ」
わたしは驚いて声もでないまま、福澤くんにそのままひっぱり戻された。
そして、15秒前の光景に戻っていた。
「ごめん、もうちょい話さへん?」
困ったように笑いながらそう言った。
「はいっ」
どき、
どき、どき
わたし、あなたのこと好きです。
いつかそう言おう。
あなたの隣がこんなに楽しいなんて、
こんなに切なくて嬉しいなんて、
夕日で伸びた影が消えるまで話していた。
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