春の朝
少し冷たい風が、私の前髪を上げて行った。
朝のまだ早い時間だというのにも関わらず暖かな日差しが眩しい。
歩いていれば直ぐに熱が体にこもり、少し汗ばむのが分かる。
だけど、そのじんわりとした温かさも冷ための風で一瞬で爽やかなものに変わる。
そんな春の朝が私は好きだ。
歩いて体育館に向かう。
この道というのは色んな事を考えてしまう。
マネージャーを勤める私はもちろん、今日は何からしていこうか、今日はどんな練習をするのか、とか色々とバレーのことばかりを。
それから、
今日も私の目に映るであろう、彼の姿を想像しながら。
春夏秋冬構わず汗を沢山かいていて、タオルを渡すと優しく微笑んで丁寧に礼を言うんだ。
その笑顔は本当に柔らかくて、たぶん、いやきっと、私以外の色んな人がこの笑顔に癒やされてるんだと思う。
バレーをしている姿は、真っ直ぐで眩しすぎで、とても私には入り込めない。
時に真剣に悩みながら、悔しそうに眉を寄せて、ひたすらに汗を流している。
だけど、すごく楽しそうなんだ。
笑っているようにも見えるんだ。
どこかとても勇敢に見える。
そんな清水くんに、私はいつも勇気を貰っていたりする。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、信号に引っかかって足を止めた。
すると、駆けている足音が隣で止まって、感じたことのある気配に目を向けた。
背の高い彼が居る。
曲げた膝に手をつき、顎に汗が滴っている。
春の日差しに当てられた清水くんが、ふわり、微笑んだ。
「おはよ。」
低い声が私の鼓膜を奮わせる。
どうしてこんなに安心するんだろう。
どうしてこんなに、どきどきするんだろう。
清水くんを見るだけで、顔に熱が昇るんだ。
「おっ、おはよう!」
信号待ち。
青にならないでって、考えていた。
「早いねぇ。」
ふと清水くんが言ってきた。
「うん、いっつもこんな感じ。そっちこそ、すごいね、走ってたんでしょ?」
私が言うと、彼は少年のように笑って、太い腕で汗を拭った。
「まぁ、頑張んないとね。」
少しだけ、時間が止まった気がした。
清水くんと目があった瞬間だった。
「頑張んないと…、空ちゃんに振り向いてもらえないから。」
変わらない笑顔で、さらりと言われたものだから、頭が真っ白になってしまった。
「へ?」
「はは、気にしないで?じゃ、また後で。」
乾いた笑い声を漏らした後で、大きな重たい手が私の頭のてっぺんを少し乱暴に撫でて、はなれた。
私の乱れた髪がなんだか大切になって、自分の手でおさえた。
そして、走り出して行った。
そんな大きな背中に叫んだ。
「が!がんばってっ!」
口を突いて出た言葉に、自分で驚いていたら、清水くんも少し驚いた顔で振り返った。
そして直ぐにまた前をむき直して、片手を挙げて言葉の代わりをくれた。
その背中はどんどん小さくなって行ってしまった。
ねぇ、
これって、私
少しだけ期待しちゃっていいのかな。
だけどね、何も出来ないよ。
君がいる世界が遠すぎて。
君がの存在が眩しすぎて。
私もっと頑張って、
君のいる世界に近付くから。
ほらまた、
勇気もらった。
エンド