(短編のワンタッチ続編/成美様リク)
シャットアウト
元々の性格でいうと、周りに比べて「悔しい」とかそういった感情が欠如していたのかもしれない。
全日本に居ればそんな性格は余計に浮き彫りになってくる。
だけどそんな自分を忘れる程に夢中になっている今、全日本の仲間にのまれていると言うよりも自分で変わった、そんな気がする。
それは単に、バレーが好きになってきたからだと思っていたけど、どうやら他にも理由がありそうだ。
あの日、空ちゃんの笑顔に癒されて、後先考えず本能のままに彼女の唇に触れた。
自分でも驚いたけど、止められなくて、可愛いと愛しいのでそれだけで頭がいっぱいになった。
付き合う人が居なかった訳じゃないが、こんな風になったのは正直初めてだ。
だから、余計にどうしたらいいのか分からない。
けど、悩むような暇もないし、俺だけの自己満足で終わらせちゃえばいいやと思った。
空ちゃん自身が誰のものって訳じゃないからいいんだ。
そんな事を考えながらぼーっと空ちゃんを目で追う夕暮れ時。
体育館は蒸して熱い。そして汗臭さが残る最悪な状態。
キツくて肩がもげるんじゃないかと思うような練習も終わり、各々が自主練をしていたりだべっていたりする生温かくて気持ち悪いこの場所は、カーテンが微妙に開いていてオレンジ色の光が一直線の線になり窓とフロアを繋ぐ。
ちょこちょこと歩き回る空ちゃんが可愛い。
踵を上げて目一杯背伸びをする後ろ姿。
高い棚にあるダンボールを取りだそうと両手を伸ばしている。
僅かに震えながらも頑張って背を伸ばす空ちゃん。
小動物みたいだ、と思いつつもそんな姿にさえ励まされている自分も嘘じゃない。
苦笑を浮かべてしまう。1人で笑うなんて気持ちが悪いから俯いた。
手伝ってあげようと、空ちゃんの元へと足を運ぶ。
「っわ、わわわ…」
「あ、」
どうにかダンボールを手にした様子の彼女はその重さが予想外だったのか、ぐらりとバランスを崩した。
転びそうな危機一髪な時には既に数メートル程まで近づいていたから、俺は空ちゃんに手を伸ばして後ろから抱えた。
ばふん、と体重をかけて寄りかかる状態になってしまった空ちゃん。
「ごめーん!助かったあっ」
笑いながら言う空ちゃんは誰に支えて貰っているのか分かっているのだろうか。
俺は後ろから抱えている訳だが。
そして空ちゃんは振り向きもしないのだが。
「ありがとね、まつやん!」
「え、なんで分かったの、」
「分かるよー、雰囲気がまつやんだもんっ」
だから、何でそう可愛いのかって。
そのまま、後ろ向きの空ちゃんをぎゅうっと抱き締めた。
「…あの、も、大丈夫だよ?」
「うん。」
返事はしたけど、離したくない。
感覚で言うと、朝に「起きなさい」と言われて返事だけして二度寝に入るようなそんな感覚に似ている。
布団から出るのが名残惜しいんだ。
つまり、空ちゃんを離すのが名残惜しいんだ。
空ちゃんの細いけど丸みのある肩口に顔を乗せる。
大分屈まなければならない体勢だが気にならない。
「まつや…」
「好き、だよ。全部。」
空ちゃんが俺のあだ名を呼ぶのに被せて言う。
これもまた自己満足で、言いたくなったから言っただけ。
空ちゃんの体温がぐんと上がって更に抱き心地が良い。
「頑張って高い所に手を伸ばすのも、やっと取れたってとこで転んじゃいそうになるのも、そんな些細な事でも俺を動かすから、まいるよホント。」
多分、きっと、凄い好きなんだろう。
苦く笑って言う。
「あ、あの…私も、私も好きなんだけどどーしたらいいのかな!?」
首をもたげたままで空ちゃんが叫ぶ。
そんな様子が可笑しくて小さく笑ってしまう。
「俺だけの空ちゃんになったらいいんじゃないかな。」
そう言うと、ボドンという重たい音と共に空ちゃんが手に持っていたダンボールが落下した。
空ちゃんはというと硬直気味。
顔をのぞき込むと口はわなわなと振るえているし、目もぱちくりと遅めのまばたきを繰り返している。
「はははっ」
それがまた可愛くて笑ってしまった。
あの日のワンタッチが今に活きていること
なにもかも無駄じゃないよって
もし空ちゃんが何かに躓いた時に
俺なら言えると思うんだ。
"ピピーッ"
"松本!シャットアウト!!ブロックポイントー!"
この時を待ってたんだ。
エンド
アトガキ
成美様、素敵なリクエストをありがとうございました!「ワンタッチ」の続編とのことで、昔の小説でまたこうして続編を書けてとても新鮮な気持ちでした。とりあえず松本さんからの告白ってどんなのかなと考えたらこう淡白なものになってしまいました。イメージと違っていましたら申し訳ござまいません。最後まで読んで下さりありがとうございました!