(『感じるより先に』続編/刹那様リク)









えっ、うそ。






感じることを先に






これって、これって、できたってことだよね?できちゃったんだよね?
え、いいのかな。いいんだよね?裕太との子だよね。私お母さんになるんだよね。





「ぇえっ!?」





裕太、との、赤ちゃんで
お、お母さんに、なるの……?



トイレで1人叫んだ私はたった今、自分のお腹に生命が宿ったことを知った。

最近体調があまり優れないと思っていたのに併せて、いつからか生理が来ていなかった。


仲良しな奥さん友達の福澤くんの奥さんに相談したところ、早めに検査した方が良いと言ってくれたから、たった今検査した訳だ。





嬉しくて、嬉しすぎて顔を両手で覆って俯く。

目をぎゅっと閉じたって涙が零れそうなくらいに泣けてくる。



こんな熱い嬉し涙は初めてだ。



はやく裕太に言いたいと思い家の電話子機を手にとる。


あ、でも……

今裕太は大切な時期だ。
チームの主力選手としても日本を背負う代表選手としても、少々無理をしてまでも必要とされる選手の1人。


大切な選手。
私にとっても、他のみんなにとっても。




今言うべきじゃない。


落ち着いたら改めて言おう。



とは言っても不安だ。私の決断はいつになく不安定。
初めてなことが多すぎるもん。
それに、大切すぎる。
裕太のことも、裕太が大切にしてくれるだろう私の身体も。






幸せな発覚から1日も保たず、結局私は福澤奥さんに相談してしまった。
彼同様頼りになる奥さんは、「最初に伝える相手間違ってるよー」って困ったように笑っていたけど、だけどだからこそなんだって言うのは、私が言わないでも分かってくれた。



私は「今は言えないよ」と言えば、「大丈夫だよそのままで」って何だか深い意味をもった言葉をくれた。それよりも「おめでとう」って凄く幸せそうに言ってくれたから、私はやっと実感が湧いてきたのだった。








その日の夜。



洗濯物を畳んでいた私はいつの間にか眠ってしまっていた。




ぼんやりとした視界を凝らして目を覚ます。




「わ、寝ちゃってた……」




「おはよ。」




裕太の声に急いで身体を起こすと、体にかかっていたジャージがパサリと音を立てて落ちた。

きっと裕太がかけてくれたものだ。




「ごめん!帰ってたんだ?」




「今さっきね。空、最近よく寝るね?」




「あ…、そ、うかな?」






妊娠してるからだよって言えたら良いんだけど…って、裕太すごい不信そうな顔してる。





「最近ちょっと顔色良いけど、体調もずっと悪そうだしね。」




「え…うーん、大丈夫だよ?」




バレそうな気がしてやまない。
私、隠し事下手かも。て言うより、こんなこと隠す方が無理な話しなのかも。





作っておいた夕ご飯を温めに立ち上がろうとしたら、ぐらぐらっとして気持ち悪くなった。

顔をしかめて一旦停止していると、裕太が顔を覗き込んで来た。





「生理きてる?」





いつも通り、落ち着いた眼差しと声で問われる。
するどい…。




「あ、あの…」



「うん?え、うん、何?」





裕太の表情が漸く焦りを帯びてきた。






「できちゃいまして、赤ちゃん…」





お腹に手をあてがい控えめに裕太の表情を覗きながら言う。


すると目を見開き、硬直したまま私の顔を見てくる。

多分、裕太は今私の言葉を頭の中でぐるぐるとさせ、理解しようとしているのだと思う。

そりゃあそうなるよね、急すぎるもん。





「妊娠?」




そのストレートな言葉に黙って頷く。


あぁ知られてしまった。
だめだよ、裕太今大切な時期なんだから、もしこれで悩ますような事になったりなんかしたら…。
考え出すと止まらなくなる不安は膨れ上がる。



こわくなって、裕太の顔が見れない。
俯いて唇を結ぶ。






「う、わー…すげー、嬉し。」




その暖かさを帯びる裕太の声と言葉に顔を上げると、裕太はまだ驚いた表情のまま後頭部の髪をくしゃりと押さえていた。




「いつのだろ…」





思い返すように小さく呟く裕太。その言葉がやけに生々しくて少し恥ずかしい。






「え、何その顔。何で泣きそうなんだよ、嬉しいんじゃねぇの?」




「う、嬉しくて泣いてんだよう……!」





私が涙を堪えながらそう言い返せば、ふんわりと抱き寄せられた。

裕太の逞しい胸に額をつける。
腕の中は暖かくて心地良い。






「大切に育てよう。」





「うんっ」






決定的な言葉に返事をすると、きゅっと一度力を込められ、小さな声で「はー、しあわせ」と溜め息混じりに呟いていた。






「いつ分かったの?」



「朝、です。」



「なんですぐ言わないんだよ。」



「いや、えっと……」



「どうせ何かまた変な気ぃ遣ってくれたんでしょ。」



「へ、変な気じゃないよ!今裕太、すごい大切な時期だしさ、」



「ばぁか、それが変な気遣い。」




ばかなんて言いながらびっくりするくらい優しく笑ってくれているし、私の前髪を分けて額にキスもしてくれた。







「俺は空が居りゃ大丈夫なんだから、大切なことは直ぐ言うんだよ。」






あまり言われる機会もタイミングもない言葉が素直に紡がれて、すごくくすぐったい。






「はい」




私が幸せに頬を緩ませて返事をすると、今度は裕太は身をかがめて目線を合わせてきた。





そしてゆっくり大きくて分厚い手のひらは私の頬を掠めながら横の髪をかきあげて耳にかける。




至近距離で見つめ合う。






「ふははっ」



「えへへー」






裕太が目を細めて、たまらないような感じで小さく笑うから、私も照れて笑った。






私が「幸せ」と伝えようと口を開いたら、その言葉は音にならずに私と裕太の口の中に溶けた。









柔らかく触れ合う2人の唇に、お腹の子の幸せを誓った。















―――……

数ヶ月後。







裕太の全日本合宿。
たまたま近くであったから、今日は散歩がてら応援しに来てみた。




用意してくれたパイプ椅子に座り、もう大分大きくなったお腹を撫でる。



少しお腹が痛くて眉をよせたけど、この痛みがまた幸せを呼び起こすから苦しくはない。




毛布を身体にかけて、もうすぐ練習終わるよってお腹の赤ちゃんに話しかけた。



肩に羽織る裕太のジャージを掴む。
私が来たことに気付いた時、裕太は忙しそうだったけど、何にも言わずにぱっとこのジャージを肩にかけてくれた。





「きみもあんな優しい人になるんだぞ?」






にやにやと気持ち悪いが、気にせずに幸せな顔をしながらそんなことを呟く。





どうやら練習も終わったようで、いの一番に裕太がこちらに来てくれた。
自然にそうしてくれるけど、いつも冷静だしあまり大袈裟に気にしてくれるようなイメージが無いから、こうしてくれる裕太に照れてしまう。






「大丈夫?寒くない?」




「うん、大丈夫だよ!」




安堵を含んだ笑みを漏らす裕太。
顔の汗を肩で拭う様子に疲れは見えない。きっと見せていない。




すると、少しお世話になった福澤奥さんの旦那さんが来た。
つまり福澤くんなんだけど。
それから仲良し清水くんも。





「こんにちはぁ。」

「ちわー!」



2人の挨拶に笑顔で返す。




「福澤くん、奥さんに今度遊ぼって言っといてね!」



「はいはい、えぇよ。てか大きなったんやなぁ」



「でしょお」




ふと裕太に目を向けると、清水くんと少しだけ喋っているようだけど理解できないのか首を傾がせている。





「ちょ、福澤、清水が分からん。」



「またすか!もう清水だまっとけお前。」




そんなやりとりについつい笑ってしまう。





「あ、お腹さわってええ?」





にこやかな福澤くんに快く頷く、いや、頷こうとした。

けど、そんな間も無かった。





「ダメ。」



「へ…?」



「だーめ。君たちにはまだ早い。」






間髪いれずに断った裕太に福澤くんはけらけらと笑いながらこう言った。





「ヨネさんらしくないなぁ!」





私も小さく笑いながら、こうらしくもない裕太も良いなぁなんて思ったのだった。












後から聞いた話だけど、福澤奥さんに相談した時にくれた「大丈夫だよ、そのままで」という意味深な言葉は、福澤奥さん曰わく「言わなくたってすぐバレちゃうんだから大丈夫よ」ということだったみたい。







まぁなんでも、こうして笑っていられるから、この先もずっと笑っていられるだろう。







悩みも不安も、幸せも喜びも
感じるべきことを正直に感じていたい。

そうすれば本当の自分が見えてくると思うの。
















エンド






アトガキ
刹那様、続編とのことで素敵なリクエストをありがとうございました!最近流行り(?)の妊娠のお話しですが、米山さんはいつも通り変わらない様子で居てくれるイメージがあります。けど周りから見ればそうであっても実はいつもより細かい気を遣ってくれるのではないかなと思いました。再び友情出演で福澤さんと清水さんでした。お酒の席以来ばっちりマークされている福澤さんでした。長くなりましたが最後まで読んで下さりありがとうございました!