(あきほ様リク/高校生)
大好きな先輩
めでおう
やばい、ほんとに格好いい。
ボトルにドリンクの粉と少量の水を入れる。
そしてボトルをへこませて水が零れないようにし、ばしゃばしゃと音を立てながら混ぜる。
ばしゃばしゃばしゃばしゃ
見る先も、頭の中も、福澤先輩ばかり。
どうしようもない私のこの脳内はもう1年間は続く。
想いをこの胸に馳せてからもうそんなに経つのに、想いは積もり積もっていくのに、動けないままでいるのは相手が福澤先輩だからなのかもしれない。
女の子が遠くから先輩の姿を見に来ていたり、試合で黄色い声援が響いていたり、ルックスだけでもこんなにモテる。
私なんて、到底届く筈のない存在だ。
ボトルに水と氷を足して蓋を締める。
よし出来た。
放課後の体育館には汗の匂いと途切れる事のない大きな声。
それからボールの跳ねる響き。
全部が私に心地よさをくれるから、私は部活が大好きだ。
「空ー、ちょい来てー?」
「はあい!」
救急箱の前にしゃがむ福澤先輩に呼ばれて駆け足で向かう。
「絆創膏あらへんかったっけ?」
「あれ?無いですか?」
私も一緒になって救急箱を覗くが見当たらない。
今日ちゃんと補充したはずなんだけど。
「あー、この時期、みんな指切れちゃうからもう無くなっちゃったかな…」
「あぁ俺も切れたねん。ま、えぇわー、」
「え、良くないです!」
直にテーピングを巻こうとする福澤先輩の手をパシリと掴んで止めた。
「あ、そうだ!こんなんしか無いですけどコレしてからテープして下さい!」
私も水仕事してたらよく指先切るから自分様のやつ、ポケットに入れてたんだ。
丁度一枚入ってて良かった。
「……、」
「先輩…?」
ぱちくりと目を瞬かせ私を見る先輩に問いかけたら、ぱっと目を反らされた。
うわっ、傷付く!私何かしたかな!
掴んでいた手を離し、絆創膏を手渡す。
「あ、えーと、もろてええの?ってえらい可愛いのくれたな!」
「ああごめんなさい!今それしか無いです!」
漸く目を合わせてくれたが、キャラクターものの絆創膏の為申し訳無くて今度は私が目をそらす。
小さく笑う先輩は、指に巻き上から白のテープを急いで巻いて、「ありがとな」と言い私の頭を軽く抑えて行った。
その感触が、大切で、嬉しくて、切なくて。私はしばらくそこから動けずに居た。
練習も終わり、次の日に朝練があるからネットは張ったままでそれぞれ部室へ戻って行った。
練習でくたくたになっているみんなを見ると私まで充実感に溢れる。
みんなも笑いながら「ありがとう、おつかれー」って言ってくれるから、嬉しくなる。
ドリンクのボトルやコップを洗って体育館に戻ると、ボールが叩かれる音が響く。
あ、先輩…。
中を覗くと1人残ってサーブを打つ福澤先輩の姿。
もう、こういう所が好きなんだ。
福澤先輩のこと、何も知らないくせに好きだなんて言う他の女の子が恨めしく、羨ましくもある。
才能がある様に見られる。
天才の様に見られる。
だけど、その影ではこんなに沢山の努力をしている訳だ。
汗を拭った後に見えた先輩の悔しそうな横顔。
胸が締め付けられて、どきどきと高鳴る。
これを恋と呼ばずして、何と呼ぶのか。
周りの女の子達は、゙デキる゙先輩が好きで、爽やかに゙笑ってる゙先輩が好き。
だってそれは、そんな先輩しか知らないから。
だけど私は知ってる。
人一倍気持ちが強くて、カッコ悪い先輩も知ってる。
マネージャーの特権。
だけど、そんな先輩を知れば知る程に「好き」だなんて言えないんだよ。
福澤先輩は私が見てることを知らないから。
他の子と同じだなんて思われたく無いから。
これならマネージャーなんてやらない方が良かった。
先輩の事を好きだと確信した時は確かになって良かったと思ったけど、こんな苦しい想いをするくらいなら、私も周りの子で居たかった。
私も周りの子と同じように、゙デキる゙先輩に、気持ちを伝えることが出来ただろう。
どうせ叶わない想いなら、
そっちの方がよっぽど良い。
「はれ?空、まだおったんや?」
体育館の入り口で、洗い立ての数本のボトル腕いっぱいに持ちながら先輩を見ていたら、ふと先輩がこちらに気付いた。
余裕っぽく笑う表情とは裏腹に顎に滴る汗。見てしまった。
どきりとして、これ以上先輩を見たらいけない気がして、これ以上この気持ちを膨らませるのが後ろめたくて、目をそらす。
「あ!けどもう帰ります!ドリンクいりますよね、1本作ってますんで帰り部室の前に置いといてください、明日の朝片付けるんで!それではごゆっくり!」
ベラベラと要件だけを一気に伝えてくるりと背を向ける。
そして、大切な事を言いそびれていたことに気付き背を向けたまま叫ぶ。
「が、がんばってください!」
「え、ちょと待…」
先輩が何か言おうとした気がするけど走る。逃げるように走る。
どきんどきんと煩い心臓は走っているせいなんかじゃなくて。
口を突いて出てきてしまいそうだった。
気を抜けば「好きです」って言ってしまいそうだった。
そんなこと出来てしまったらダメなのに。
福澤先輩は福澤先輩に見合った素敵な人と結ばれて欲しい。
なのに、そう思うのに、それもやっぱり嫌で。
それでも私なんかが伝えるには、ばかばかしすぎる。
釣り合わないもん。絶対に。
「空!」
涙が溢れないように、無我夢中になって走っていたら後ろから聞こえた声。
振る手を握られて、ぐっと引っ張られて、気付けば背中が熱くて、
「何で逃げるねん。」
凄く近いところで、福澤先輩の声が聞こえた。
抱き締められてる、そう気付くのには時間はそうかからなかった。
「は、離してください…っ」
「離したらまた逃げるやん。」
「逃げないです…」
そう返せば、ぱっと離れて両肩を掴まれた。
無理矢理ぐるりと向きを変えられて向き合う。
先輩を見ると、片手を首の後ろにやりばつが悪そうに目を斜め下に向けていた。
「急に、ごめんな?」
詫びながら向けられた瞳から逃げるように私は目線を足下に落とす。
心臓だけがただうるさくて、私の口から出るのは気の利いた言葉でも本音でもなく、ただの白い息。
「空、何で逃げてん。」
「わ、分かんないです、けど…だめです…っ」
「何が?」
もう止めて、これ以上、探らないで、
そんな風に、見つめないで、
言いたくなっちゃうから。
「…っ、悪い、空。こっち向き?」
先輩の切なそうに絞られた声に顔を上げる。
「好き、やねん。空のこと。」
少しだけ苦しそうに紡がれた言葉。
頭で理解する前に涙がこぼれた。
「え!?泣いて、る?ごめん、あかんかってもそれで…」
言わなきゃ。
ずっと閉じ込めてたこの気持ち。
「わた、私も、せんぱい、大好きですっ、う〜…」
泣きながら大きな声でそう言った。
かっこいい先輩に対して本当にダサい私の返事だけど、言葉にした途端、やけにしっくりきた。
「ずっとずっと大好きでした、ほんと、実は努力家なとこだって、勉強も本当は言うほど出来ないとこも、全部全部だいすきなんですー、」
わんわん泣きながら全部言ってみる。だってそうしなきゃ勿体無い。
もしこれが夢だとしても、全部言わなきゃ勿体無いよ。
「ははっ、嫌なとこばっかりやん。もう泣かんといて?俺まで泣きそうになるやん。」
顔を覗き込まれ言われる。
先輩の顔は、全然泣きそうじゃなくて、だけど凄く嬉しそうで、私も嬉しくなった。
「俺な、こそこそ頑張っとんのも空だけが知っとってくれたらええわー思て。」
そう言いながら、今度は正面から柔らかく抱き締めてくれた。
「せやから、頑張れるねん。」
私が泣きやむように背中を撫でてあやしてくれる大きな手。
「ほんとに、私なんかで、いいんですか…?」
涙声のままそう聞く。
「アホ、空やないとあかんねん。」
満足感を含んだ言葉が私の鼓膜に届いた時、
幸せすぎて本当に夢なんじゃないかって、現実を疑った。
「…ゆめ?」
「ちゃうよ。ほら、」
「いたい〜っ」
「な?」
届くはずのない存在
目で追う日々
手を伸ばされて、
腕の中に閉じ込められて、
心に募り募った愛が届いてしまった。
目で追い
愛で追われ
手にした温もりは二度と離さない。
エンド
アトガキ
あきほ様、素敵なリクエストをありがとうございました!アンケートからの嬉しすぎるコメントとリクエストでした。BBSにてお話し出来ないことが残念ですが、このようにしてリクエストして下さったことを嬉しく思います。いつも読んでくださっているみたいでありがとうございます!このような形でお返事になってしまいましたが、これからもどうぞよろしくお願い致します。リクエストのお話しですが、イメージと違っていましたら申し訳ありません。長くなりましたが最後まで読んで頂きありがとうございました(^^)