(valentine/葉月様リク)





たまには素直になってよね。





甘い日




家が甘ったるい匂いでいっぱいだ。
彼が顔をしかめて帰ってくる様子が目に浮かぶ。



ガチャンと鍵の開く音が聞こえる。
同棲をしている訳では無いのだが、お互いの合い鍵を渡しあっている仲なので勝手に出入り出来るようにしている。

そして、今日は私が家に呼び彼は来てくれる。
だってほら、今日ってバレンタインでしょ。
きっと先程の鍵の音は達哉なのだろう。





「おじゃまさーん、って何やこの匂い」




ほら。予想通りだ。あのしかめっ面。予想通り過ぎて笑えてくる。
達哉は甘いものが好きなはずなんだけど、どうしてかな。




「おかえんなさい!」



背中にチョコの小包を隠して、ひょっこり顔を出しながら言うと、練習から直接来たのかジャージと沢山の荷物を持っている彼が居た。




「さっきまでね、チョコ作ってたから家中匂い立ちこめちゃった。ごめんね?」



「へ、お前料理とか出来るんや。」


ごめんね、に対する返事ではないよね。
どうしてそういちいち意地悪なのか。



重たそうに腰をソファーへと沈める達哉は、驚いた顔を作ってきやがる。
意地悪を言うときは意地悪く笑ってくれたら良いものを。




「今日は何の日でしょうか。」



自分で言うのもなんだけど、完璧に出来た手作りチョコ。
一応プレゼントということで、チョコレートケーキを一切れとトリュフを小包に入れている。


それを一応隠しながら達哉に問いかける。



「バレンタインデーやな。女の子が勇気を出す一大イベントやんか。」




「大正解!ハイどうぞ。」




的確な答えをくれた達哉に私の愛がぱんぱんに詰まった包みを両手で渡す。




「…こわっ」



ざけんな。
自分で自分の両腕を抱いて肩を竦める達哉を見て私の笑顔に怒りマークが浮いて出た。



こわいとか言うくせにちゃっかり受け取ってんじゃないわよ。



「どういう意味かしら?」



「そのまんまの意味や。」




可愛くない。
そう思いながらも、達哉をじっくりと見てみるといつもより荷物が多いことに気付く。



あぁなるほど。ファンの人達から貰ったんだ。



「ふーん?」



「なんやねん。」




「それだけたくさん貰ったんなら、私の、いらないか。」




少しだけ、意地になってみた。
いや、本当はとてつもない嫉妬。



私にはこうして意地悪してくるくせに、きっと他の子には優しく笑いかけたりなんかして。




「そんなもろてへんし。」



「いっぱいあるじゃん。」




アイドルかお前は!なんて言う余裕も無い。格好悪いことなんて自分が一番分かってる。
だけど、達哉は誰にでも人当たりが良いし、達哉にとっての私って何なのか知りたい。

教えて、教えて。





「何を言うとんねん。」



「いらないよね、こんなにたくさん食べきれないでしょ?」



「いやべつに……」



「たぶん、私のこわい手作りチョコなんかより安心で上手なチョコいっぱいあるよ。」



「いつまで根に持つねんソレ。」



「私のなんかより他のファンから貰ったやつ食べたらいいじゃん。」




妬いてるの、気付け福澤バカ哉。


怪訝そうに眉を寄せる達哉に向けて、頬をぷくっと膨らまして見せる。

私がこんな仕草したって可愛くないのは分かってるけど……って、え?




察しの良い彼は私がこうして妬いていることに気づいたのだろう。
達哉は驚いたような表情を浮かべて、その後すぐに目を斜め下にそらし顔の下半分を左手で覆った。


あれ?ちょっと喜んでる?




「達哉?」




顔を覗き込んで見る。するとぐいっと顔を背けた。




「うっせ、食ったるわ。」




可愛いやつめ。とか思いつつ、私もそんな珍しい達哉の様子に胸がドキドキと鳴ってうるさかったりする。




「別に、無理しなくたっていいのに。」




私も顔を背けて呟いてみた。だって、何て言い返せば良いのか分からなかったから。



どういう物を貰ったのか気になり、無言で達哉のカバンへと手を伸ばしてみて一度達哉の反応を伺うと、何ともないように私の上げたチョコをまじまじと観察していたからカバンの中を覗かせて頂いた。




うわ、ピンクだなぁ。
結構貰ってるじゃん。



「達哉ぁ、これ別の袋に入れないと潰れちゃうかもよ?」



「んー?」



こんな無理やり詰め込まなくても。



「お前がまた変なこと言いだすと思たから目立たんようにしたんやんか。それなのに目ざとく気づきやがって…」




ガサガサとわざとらしく音を立てながらチョコの袋をあけながら言う達哉は少しだけムスッとしていた。
それにしても、そんな細かい気遣いをしてくれていたのにそれを上回る目敏さで申し訳なかったな。




「達哉、」



「なん?」



「ありがとう。」




私が素直に礼を告げると、少しだけ笑って、それから少しだけ面倒くさそうに「へいへい」とあしらった。



「いただきまーす。」



達哉はそう言った後で、トリュフをひとつ、ぱくりと口の中に入れた。


ちょっとした緊張感。




「どう?」



聞いてみると、ふん、と一言もらして、口の中のものを飲み込んだ。



「うまいやん。」



笑いながら言ってくれた。
うわ、褒められた。なんか恥ずかしいこの感じは何だろう。
調子狂うなぁ。



「う、嘘だ。」



「なんやソレ。マズいって言った方がええんか?」



「えっマズい?」



「意味分からへんわ。」



ごめんなさい、自分でも意味が分からない。


達哉はぺろりと全部食べてしまった。




「ごっそさんでした。」



「お粗末さんでした。」




「空、」



「はあい。」



「たくさんもろてもな、お前に貰わんと意味ないねん。せやから来年もな。」




胸がきゅんっとしたせいで少し硬直した私は、達哉が言ってくれた言葉を頭の中で反芻した。
そうしているうちに、顔がニヤニヤとしてしまう。




「聞いとんかボケ。」



「ごめん聞こえなかったもう一回!」




私が足をバタバタさせながら調子づいた事を言うと達哉は私の耳を軽く摘んできた。

ちょっと痛い。



「好ーきーやっ言うたんや!」



耳元で叫ばれた私は骨抜き。そのままソファーに倒れ込んでしまった。







ホワイトデー?
そんなのいらない。
こんな風に言ってくれればそれがお返し、いやそれ以上に値するわ。









エンド






アトガキ
葉月様、バレンタインとの季節もののリクエストをありがとうございました。ツンデレになっているのか非常に不安ですが、どうだったでしょう。今回は彼女が福澤さんにベタ惚れといった感じにしてみました。少し遅くなり申し訳ありませんでした。最後まで読んでいただきありがとうございました!