「片付けなんて、あとでいいからさ…こっちおいでよ」
「え、でも……かぴかぴになっちゃうとあとが大変だし…」
「……そんなの、明日エミちゃんが帰ったら俺が洗っといてあげるから…ね?こっち来て、いちゃいちゃしようよ」
「い、いちゃいちゃって…」
「いやなの?」
「べ、別にそういうわけじゃ…」
「ほらー、ね?はやく。せっかく一緒にいるんだから、ひっついてようよ」
「あ……ちょっと、やだ、…もう!京介くんったら!すぐ終わるから、少しだけ待っててってば」
強引に腕を引きながら、指先でいたずらしようとする京介くんに反抗して、私は食べ終わった夕飯の食器を再び重ね始めた。
そっと前髪に隠すように彼を盗み見れば、仕方ないな、という顔つきで頭を掻いている。
…目が合ったら絶対なし崩しに始まっちゃうもんね…。
そそくさと、重ねた食器をシンクに沈めて、さっきまでここに立っていたときのように再び腕まくりをした。
「エミちゃんはほんと…真面目なんだから…」
「だって、せっかくここに来たんだから、……少しくらい京介くんにゆっくり休んで欲しいし、ね」
立て続けにライブや収録やイベントが続いていたWaveの忙しさは私のそれとは比較にならない。普段はお弁当やカップラーメンばかりだという彼に、少しでも英気を養って欲しいのと、身体を休めてもらいたいのは本当のことだ。
「…でも忙しいのはお互い様だしさ」
「…じゃあ、そこに残ってるの、ラップかけて冷蔵庫にしまってもらっていい?」
「はいはーい」
文字通りの二つ返事で京介くんが立ち上がる。小さめだけれど対面型のキッチンで向かい合っていると、まるで甘い未来へタイムスリップしたようで、なんだか自然と口元が緩む。
そんな思考が見つかればまたからかわれると思って、必要以上に俯いてその表情を隠したけれど。
「…なにニヤニヤしてるの?」
「に、ニヤニヤなんてしてないよ?」
「…怪しいなあ……」
ぱたん、と音をたてて冷蔵庫が閉まると、そのまま背後に気配を感じた。
「ね、なんでニヤニヤしてたの?」
「だから、してないって」
「…嘘つきは泥棒のはじまりだよ?」
「う、嘘なんてついてないもん…っ」
「エミちゃんはイケナイ子だなあ…」
「うひゃ!」
背中を指先でつつっとなぞり上げられて、思わず素っ頓狂な声が出た。
「も、もう!背中はヤメてって言ってるでしょ!」
「イヤなことしないとお仕置きにならないじゃん?…嘘ついたバツだよ」
「もう〜……」
少しだけ振り返ったまま京介くんを睨んで、それからすぐに手元に視線を戻した。
私だって、久しぶりにこうやって一緒にいられるのだから、触れあっていたい、というのが本音だけど。
…そんなこと、恥ずかしくてとても言えないし、気付かれるだけでももう駄目だもん…。
とにかく、とりあえずは気を取り直して洗い物に集中しようと、きゅっきゅっとスポンジを握り直した時だった。
「!なっ!!」
急に伸びてきた手が私の下腹部をごそごそとまさぐって、瞬間飛び上がる。
「…ほら、エプロン。つけないと、せっかくのかわいいワンピースが濡れちゃうよ?」
つけてあげるから、と腰に巻かれたカフェエプロンはきゅっと後ろで結ばれて、きちんと収まった。
「…ね、何だと思ったの?」
「…何とも思ってません!」
「またまた〜…ま、いっか。そういうことにしといてあげる」
楽しそうにふふっと笑ったのが振り返らなくても分かる。きっと、目を細めて、薄目の唇を閉じたまま嬉しそうに引き上げてるのだろう。
「…こういうの、新婚さんみたいじゃない?」
ぎゅっと、背中に自分以外の熱が宿った。急に沸騰するように頬が身体が熱くなるのを感じる。
胸のすぐ下で交差された腕が妙に意識的で、心臓の音が増幅されたようにやたら大きい。
「…固まってる……かわいいね」
「固まってって、…固まってなんてないもん!」
「いつまでたっても慣れないんだから…」
「も、もう慣れ、ま、し、た!」
京介くんの声に反発するように止まりかけていた手を動かして泡を流していく。
「エミちゃんて、ほんと天の邪鬼だね。…まあそういうとこもたまんなく可愛いんだけど」
ぎゅっと、回された腕に力が込められて、より2人の身体が密着する。
「も、もう。そんなにされたら、…洗えないよ…」
「…だから洗わなくていいって言ってるのに」
「だって……疲れ…」
「…疲れなんて、エミちゃんとこうやってくっついてる方がよっぽど取れるんだけどなー…」
「そ、そんなはずないじゃ…」
俺にとってはそうなの。少なくとも俺にとっては、ね。
耳たぶを鼻でくすぐられて首をすくめると、ふふっと笑い声が漏れてきた。
「…朝まで起きてたって、全然大丈夫っていうか…もう別腹?ってやつ?」
「あ、朝ま……!」
「あ、反応するとこそこなんだ。えっちだねー、エミちゃん」
「な、………!」
振り返ったら、絶対唇は奪われると分かってて、振り返った私は確信犯、だ。
「ん……っ」
一瞬で言葉も息も、スピードを緩めない胸の鼓動も、全て飲み込まれてしまいそうなくらい、深く。
……逃げられない。
……逃げたくない。
何度でもこうやって、繋がっていたい。
もっともっと、もっと深く…。
Decided destiny.
(定めだったんだ)
2人の時間はどんなタイミングだって一瞬で色を変えてしまう。
「…とりあえず、お風呂、行こっか?」
頷くよりも先に、身体が反応してしまった。