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困ったな、と辺りを見回しても助けてくれる心当たりの人が近くに見えなくて、仕方なく作り笑いをする。こういう仕事をしているのだから、それがつくりものであると気付かれることはないだろうけれど、少し泳ぐ目線を見つかったら怪しく思われるだろう。かといって今さら帽子を被るのも嫌味っぽくて気がひける。


「わー、マジ!超嬉しい!エミちゃんに会えるとか、オレらマジついてるよな!」

「ホントホント!実物のほうがTVより数倍可愛いし!」

「えっと、あのー…もうちょっと小さい声で……」


久々のオフ。仕事上がりの隼人との待ち合わせのために街へと出てきていた私を、目ざとく見つけてくれたのは待ち人ではなく、やたら馴れ馴れしい若い2人組。先に待ち合わせ場所に着いた私にいちはやく気付き、高いテンションで話しかけられ握手を求められた。今はプライベートですから、なんて毅然と言えるほどの勇気もない。この時代、私たちの日常の何気ない言動が、携帯電話一つであっという間に全国へと簡単に広まってしまう。口コミはマスコミより怖いぞと脅す山田さんにも普段から気を抜くことがないようにと口うるさく言われているし、愛想は良くしておかないと…なんてことが頭をよぎった。

自分が悪いのもよく分かっている。久々に午後からゆっくりと隼人と一緒に過ごせると思うと心が弾んだ。仕事場で顔をあわせるのとは違う。コーディネートに悩んで、苦手ながら時間をかけて丁寧にメイクをして。隼人に少しでも「おっ」なんて思われたい一心で、だいぶ気合いを入れこんだ。…入れ込みすぎた。結果、浮き足立った頭は自分が芸能人であるということも忘れさせたのである。


「ね、ね。今日はお休みなんスか?」

「あ、えっと……」

「オレ、マジでほんとエミちゃんのファンで!ドラマとか全部見てます!」

「えーっと、あ、ありがとうございます……」

「ねえねえ、ちょっと時間あるなら一緒にお茶とかどうっすか?」

「え?ちょっと…それは…」

「えー?ダメ?……じゃあ番号とか教えてもらってもいい?」

「は?!」


敵意を向けられるのも困るけれど踏み込んでこられるのはもっと困る。明らかな悪意がない相手にどうやって切り返せばいいのか。思い切って出した太腿をちらちらと盗み見る視線にあたふたとしていると、ぐっと手首を掴まれた。


「わ!」

「あ……」


掴まれた腕をほどこうと咄嗟に振り上げるけれど、それよりもずっと強い力で引き寄せられる。驚いた顔で私とその隣を見る2人組を一瞬確認して、私も隣を見上げると、そこには私の待っていた人が難しい顔をして立っていた。


「あ、は、はや……」

「何やってんだよ」

「え、その……」


自分のファンだと言ってくれる彼らを悪者にすることも躊躇われて言葉を濁す。私に向ける眉間のしわが深くなったせいで、さらにぐっと言葉に詰まった。そんな私を見て小さく一つ息をついた彼は表情を緩めて2人組に視線をうつす。


「悪いけど…プライベートなんで勘弁してやってください」

「え…あ、……」


にっこりと笑った顔はむしろ恐怖心を煽ったようで、彼らはがんばってください、ともごもご呟いたかと思うとその場をすぐに立ち去った。


「はあ……」


思わず溜息をつく。ありがとう、と隼人を見上げた。

「バカか?お前。こんな街のど真ん中でそんな格好で突っ立ってたら、悪目立ちしてすぐバレるに決まってるだろ!」

「ご、ごめ……」

「帽子被るとか、俺が来るまでどっかの店で買い物するフリしとくとか、いくらでもあるだろ?」

「う、うん…」


そのあとも隼人の小言は続く。自覚がないだとか、そんな格好してくるなだとか、スキがありすぎるだとか。歩きながら散々の言われように楽しみにしていたはずの時間がどんどんと曇っていく。


「もうわかったから。気をつけるから!」


止まらない彼の言葉に、私の口調は思ったより強く出て。


「なんだよ…。だいたい、今はプライベートだからって普通に断ればいいだろ?」

「だって、ファンなんですって言われたらそんなに邪険にできないよ」

「ファンだの好きだのなんて口先だけでいくらでも言えるだろ?お前は甘いんだよ」

「………」

「だいたいな、その服だって……」

「っ!」


頭に一気に血がのぼる。


「もういいってば!」


荒げた語気に隼人の目が見開かれた。今日を楽しみにしていた気持ちも、2人でいられるという喜びもあっという間にしぼんでいく。言葉を続ける気力も失せた。


「……今日は、もう帰る」

「お、おい、エミ!待てよ」

「……」


慌てて引き止めようとする隼人に一瞬心が揺らいだけれど、私はそのままその場を離れた。



なんでこんなことになってしまったのだろう。本当なら今日は久々に外で美味しいものでも食べようかなんて話になっていたはずで。

なのに、なんでこの街を1人で歩いているのだろう。

ついさっきまで明るかった空も、なんだかグレーがかって見える。


「はあ……」


この服に悩んだのも、普段は人任せの髪やメイクに時間をかけたのも、本当は全部あの人の笑顔を見たい、その一心からだったのに。

待ち望んでいた時間が、どんどん無駄に過ぎていく。時の流れが胸を締め付けた。


「なんで喧嘩なんかしちゃったんだろ……」


帰るとは言ったものの、素直に自宅へ向かうこともできない私。だったら隼人にごめんねと電話でもしたらいいのに。きっとその一言で時間は巻き戻せる。きっと。

……なのにそれも出来ない。
自分にも落ち度があったと思いながらも、素直にそれを認めるのがしゃくだ。向こうだって言い過ぎている。私の気も知らないで。

…でも、一緒にいたい……。


ぐちゃぐちゃな心のまま、気付けばここは隼人の部屋への最寄り駅。
最早習慣のように道を選んでいた自分に、我ながら笑いがこみ上げた。

……あ………。


ふと、足を止めて寄り道をしようと決めた時、携帯が着信を知らせる。


「…はい」

『エミ?俺』

「………うん」

『………。今どこ?』

「……スーパーいとおの前」

『ふーん……。……冷蔵庫、人参はあるからな』

「……何それ」

『玉ねぎはない』

「………りんごは?」

『……ねえよ』





Xanadu comes without fail.
(おわりよければ全て良し)





「……で、なんで今日そんなにめかしこんでるんだよ」

「………」

「そんな格好して変なヤツに絡まれてるのとか許せねえんだよ」

「そんなこと言ったって…」

「仕事以外でそんな…足出したりとかすんなよ」

「だって、今年ショーパン可愛いのたくさん出てるのに…」

「あー!もう!……だから……そんなかわいい格好してるお前、誰にも見せたくないんだってことだよ!」

「………」

「……わかれよ……ったく」


手の平で半分顔を隠していても彼の頬が赤いのはばればれで…。それでもそれをからかえるほど、私も平常心ではいられなかった。





end
(201009)

 


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