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頭上の葉の色が褪せている。もう少し季節が進めば枝はむき出しになるだろう。次にこの樹が色づくのはきっと寒さが少し緩み始めた頃のはず。出会いと別れの象徴の、さくら色。

秋晴れの空気は清々しく、会社の近くの公園での一人ランチも悪くない。とはいえ今日はそれだけが理由ではなくて。

携帯を開いてワンセグボタンを押した。カーソルを動かすとチャンネルも変わる。ちょうどCMが終って始まったのはお昼の長寿番組でのゲストとのトークコーナー。


『…は、白鳥隼人くんです、ドウゾ〜』


キャーッという観覧客の黄色い声が小さなスピーカーから割れた。思わずあたりを見回して、音量ボタンに手をかける。誰も自分を気にしていないことが分かるとほっとした。

職場の休憩室にもTVはあるけれど、今日のゲストを皆の前で平然とした顔で眺める自信がなかったから、こうして外に逃げてきた。それでも「見ない」という選択肢を選ぶことが出来ず、結局こんな風に小さな液晶にすがりつく。


『今夜スタートのドラマ、主役なんだって?』

『ハイ、おかげさまで…』


ふっと目を細めて笑った顔は少し大人びていて月日を感じさせた。もう何年になるんだろう。あの卒業式から。

ザッと、乾燥しつつある葉を擦りあわせながら風が吹き抜けた。思わず目を閉じると、一瞬で意識はあの日に舞い戻る。



「おい、この卒アル誰の?」

「あ、私の!」

「…なんだよ、エミのかよ…」

「なんだよって何?3年間面倒見てあげたんだから、感謝の言葉で埋め尽くしてよ」

「だ、誰がお前に面倒見てもらったんだよ!!」


卒業式が済んで、最後のHRも終って。慣れ親しんだ教室を去ることがなかなか出来なくて、私たちはその場に留まっていた。別れの挨拶なんて始めてしまえば一気に雰囲気が沈みそうで、皆の声が妙に明るい。溢れ出しそうな感情を抑えながら各々の卒業アルバムの裏表紙にメッセージだったり悪態だったりを書きあった。


「隼人は、エミにだいぶ世話になってただろー?」

「そうだよ、お前が試合やら何やらで出られなかった授業、誰のノート借りたと思ってんだよ。なあ?エミ」

「そうだよ!あれだけ授業抜けてたくせに今日みんなで卒業出来るのは私のおかげでしょー?ほら、ホラホラ!感謝!感謝して」

「う、うるせーな!俺の努力の賜物だろ!」

「全く…白鳥ったら素直じゃないんだから…」

「あーあー!うるせーよ!ったく!」


3年間。同じ教室で過ごした時間は私と彼を腐れ縁にするのに十分で。……十分すぎて、近づきすぎて、いつの間にか異性とは見てもらえなくなっていたけれど。


……あ……。


文句を言いながらも手にしたサインペンで卒業アルバムの空白に何かが書き込まれていく。

じんわりと胸が熱くなった。嬉しくて頬が緩みそうになる。でもそれを悟られたらこの関係が終ってしまうことは薄々気付いていたから、奥歯を噛み締めて表情を保つよう努力した。


「ちょっとー、綺麗に書いてよ?」

「うるせー!」

「あー、無理無理!隼人に字のキレイさなんて求めたらダメっしょ!」

「まあそれは確かに…」

「何だと?オイ、エミ!お前な!」


ひとしきり騒いで笑って、いい加減出て行けと担任に追い出された。昇降口で他の面々は部室に寄っていくとか、彼女と待ち合わせているとかばらけてしまって、いつの間にか2人きり。
こんなことは今までだってあった。あったのに。


…なんだろ、なんか……緊張する……。


2人の間に沈黙が流れた。別に一緒に帰ろうとかそんなことを約束していたわけでもない。想いを打ち明けるなんてそんな決心だってしていない。そもそもそんなチャンスが訪れるとは思っていなかったし。


「……行こうぜ」

「う、うん……」


すたすたといつも通り校門へ向かう彼の後ろ姿を一瞬見つめて後を追いかけた。

…何か、何か会話……。


こんな風に会話を探したことなんて今まであっただろうか。2人きりであっても私たちの間には滑るようにリズム良い時間が流れていたはずだったのに。今日できっと最後なのに、と思えば思うほど気の利いた言葉も会話も見つからない。


「……ねえ」

「あ?」

「……し、白鳥は、いいの?」

「何が?」

「部室。サッカー部、今日紅白戦するんでしょ?卒業生と部員と…」

「……いいんだよ。行って何するんだよ」

「でも…見てるだけでも」

「行ったってしょうがねえだろ」


この話題がタブーだって分かっていた。それなのにこれしか会話が見つからなくて。


「…でも!」

「お前に関係ないじゃん…」

「………」


うん、そうだね。
呟いた返事はきっと、彼には聞こえていないだろう。
さっきまでの賑やかな空気が嘘みたい。こんな最悪な最後になってしまうなら、昇降口で別れてしまえば良かった。

そんな小さな後悔をしながらも私は彼から離れられない。滑稽だ。

いつの間にか男友達とも悪友とも女友達とも違う存在になっていたこの人と、出来ることならもう少し一緒にいたい。隣にいたい。…欲を丸出しにすれば、これからもずっと一緒にいたい。一歩踏み込むことができたらどんなにいいだろう。

近づきすぎたんだ。
居心地が良すぎて、もうこの距離感を失うことが怖い。

失うくらいならば、この距離のままでいい。

それが私の出した結論。


「あ、隼人くん。エミ。じゃあねー!また同窓会でね!」


顔なじみの友人が自転車で通り抜けていった。


「おー、元気でなー」

「うん、またねー」


校門のまだ咲かない桜の下をくぐる。さっきの友人のおかげか、少しだけ2人の空気が緩んだ。


「……同窓会にも来ないヤツとは、……もう会うこともないのかもな」

「え?」

「いや……」


ここから先は道が分かれる。彼は右。私は左。

地に根付いてしまったかのように足が重い。


きっともう会えない。


この3年間はこの人にとってサッカーが全てで。
ここはこの人が一生をかけていた全てを失った場所。


「じゃあな。大学ちゃんと行けよ」

「当たり前でしょ。誰だと思ってんの?」

「ははは。確かにな」


満面の笑顔は一瞬で、その顔が元に戻る時のふっと細められる目元。……私がこの人に心を奪われた大好きだった表情を残して。

そのまま軽く手をあげて、彼は背を向ける。少しずつ小さくなっていく後ろ姿。


願わくば、もう少し、もう少しだけ近づきたかった。

それだけの勇気が欲しかった。


「………っ」


きっともう二度と会えない。


「………し、ら……」


本当はずっと特別になりたかった。特別になって呼びたかった。まわりに紛れてどさくさで呼ぶことすらできなかったくせに。
でも。

ぎゅっと鞄の持ち手を握りしめた。


「……は……隼人!!!」


振り返った隼人は一瞬だけ怪訝な目元を見せて、それからもう一度笑った。


「なんだよ」

「……」

「なんだよ、エミ」


足りないのは、勇気か、それとも募る想いか。


「……ばいばい…」

「おー。元気でやれよ」


そう言って再び歩き出した隼人はもう振り返らない。消えていく背中を見続けることが出来なくて私も歩き始める。
そしていつの間にか走り出していた。

通い慣れた通学路が後ろへ後ろへと流れていく。これも最後、全部最後。

家の階段を駆け上がって部屋に逃げ込んで座り込んだ。

夢中で開いた卒業アルバムから、お世辞にも上手いとは言えない字でスペースいっぱいに書かれた短い一言が飛び込んできて、私は声を出して泣いた。




Various memories about you.
(そこに私はいますか)




見事クイズで100人中1人を命中させた隼人が司会者から特製ストラップを渡されて、コーナーが終る。

彼の姿が消えて私も携帯電話を閉じた。

そしてあの時の胸の痛みと一緒にそれをポケットにしまって。

少し冷めたお茶を喉に流し込んでベンチから立ち上がった。







end
(20101005)

 


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