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「…………」

5回目の溜息がSPルームの無機質な窓からいつの間にか高くなった空へと静かに放たれたのを見て、いたたまれなくなったオレはそれまで盗み見ていたときと同じように、誰にも気付かれることなく彼女から視線をそらした。

大学の講義が終ったエミちゃんは総理に呼び出されて官邸に来たものの、総理の方に急な来客が入ってしまったため、彼女は今時間を持て余している。

いつも通り軽いノリで適当に話を振れば、きっと彼女は笑ってくれる。それもいつも通りのことだろう。

…でも、出来ないよなあ……。

それが本心からじゃないってわかってて、そんな道化みたいなことができるほどオレだって単純じゃない。無理矢理に笑わせても彼女の気は晴れない。今この状況でエミちゃんの笑顔によって安心するのはむしろオレにすぎないのだから。

「あ、エミさん」

がちゃりというドアノブの音と共に、瑞貴と昴さんが部屋に戻ってきた。

「なんだエミ、まだ総理は来客中か」
「あ、ハイ。お話が済んだら桂木さんが呼びにきてくれるって言ってたんですけど……」
「まあ特に用事がないんだったらここでゆっくりしてればいいんじゃないのか」
「ふふ、そうですね。そのおかげで僕らもエミさんに会えたんですしね」
「…海司がいないと、ここに来る回数も激減だしな」

昴さんの冷やかすような言葉にエミちゃんが素直に頬を赤くする。もう、そんなことないですよ!なんて否定してるけど、その赤面がもう肯定そのものだっつーの……。

「なんだ、そら。お前今日はやけに静かだな」
「オレだって真面目に働く公務員ですからね」
「戻ってくるまでに反省文書いとけって、班長にきつく言われてましたよね」
「うるせーよ、瑞貴」

小さく舌を鳴らしながら反論すると、ようやくエミちゃんがくすっと吹き出した。

「相変わらずですね、皆さんは」
「相変わらずなのはそらさんの仕事っぷりですよ」
「だからな、瑞貴!お前……」
「そういや、相変わらずといえば昨日の海司だな。お前も見たんだろ?テレビ」
「え?」
「え、じゃねーよ。世界選手権、見てないのか?」
「み、見ましたよ!」
「世界相手にあんだけポンポン投げ飛ばせたらスカッとするよな」
「ポンポンって……。そうですね。優勝できて、なんかほっとしました」

海司は開催中の柔道大会に日本代表として参加している。代表合宿やらなんやらもあって、ろくに顔をあわせないまま開催国へ行ってしまったあいつの活躍は、テレビでも新聞でもこれでもかってくらい伝えられていた。

「海司さんの活躍、上のお偉さんたちも鼻高々でしょうね」
「まあな」
「あ、エミさん。海司さんは帰国はいつだって?」
「え……と、閉会式まで出てから、他の選手達と一緒に帰国するって言ってましたけど……」
「じゃああと二日はフリーなんだ?」
「は?」
「海司さんがいなかったら、堂々とデートに誘えるでしょ?僕、新しく出来たバードパークに行きたいんだけど、どう?」
「瑞貴、投げ飛ばされるぞ」
「嫌だなあ、冗談ですよ」

一通りの笑いが収まったところで、お手洗い借りますね、とエミちゃんが部屋を後にする。その背中を放っておくにはなんだか頼りなくて、オレも、といつも通りヘラヘラ笑いながらついて出た。

「……そらさん、今日本当に元気ないですね」
「え?そう?」

静かな廊下を並んで歩く。沈黙を破ったのはオレじゃなかった。

彼女が放っておけなくて追いかけたくせに、逆に心配されちゃってるよ、オレ。情けねーな。

「あ、海司がいないから、ローテーションがきついんじゃないんですか?」
「そんなことないよ。ちゃんと休んでるし。元気元気!」
「そうですか……?」
「そうだよ!こう見えてもオレ、しっかり鍛えてあるんだからさ!」

努めて明るく返して、その後の一瞬の沈黙に心臓が強く波打った。

女の子と話すのなんて慣れているはずなのに、この子だけはうまくいかない。見透かされていそうで隠せない。……隠したくない。気付いてもらいたい。矛盾した感情に飲み込まれそうになる。

「……エミちゃんこそ、彼氏が優勝したってのになんでそんなに浮かない顔してんの?」
「え……」
「会えないのが、……やっぱ寂しいなーとか?」
「な、何言ってるんですか!」

さっきの赤面とは比較にならないほど染まる頬。嘘がつけない素直な性格に、きっとオレは惹き付けられたんだろう。

「……そんなんじゃないですよーだ」
「……じゃ、なんでさっきから溜息ばっかりついてんの?」
「………」
「分かるよ。オレずっとエミちゃんのこと見てるんだからさ」
「………」

海司の20年には到底敵わないけれど、オレだってこの子を知ってからずっと見てた。想ってた。出会いの順番が勝敗に影響するなんて、そんなガキみたいなことを憎んでいるわけじゃない。でも、もしも、もしも……。

「オレだったら、エミちゃんのずっとそばに……」
「ち、違います!寂しいとかじゃないです!!」
「え……」
「……寂しいとか、そんなことじゃないです……」
「……じゃあ……」
「なんだか、すごく遠くて……」

エミちゃんが一瞬顔を歪めて、俯いた。歪んだその後の溢れる感情をオレに見られたくないんだなって、直感的に気がついて、オレもそれ以上言葉を紡げない。

窓から差し込む西日が、立ちすくんだ2人の影を長く廊下に描いている。不格好に開いた二つの黒い塊の間が、なんだかやけに胸を苦しめた。




「……なに人のオンナ口説いてんすか?しかも官邸で」
「!!」

静まり返ったこの場で聞こえるはずのない声に、オレとエミちゃんが同時に振り返る。

「海司!……どうして…!」
「おー。仕事があるからって先に帰らせてもらったんだよ。実際チームに迷惑かけてるみたいだしな」
「………」
「……そらさんもだいぶ疲れてるみたいだし、な。……ですよね?」
「………」

沈黙が痛いくらいにうるさい。海司の視線から逃れてエミちゃんを見れば、彼女もまた真剣な眼差しでオレを見つめていた。

「………」

頷くしかない。いつも通り、軽いノリの冗談で彼女に話しかけていたことにするしかない。

オレが望んでいたのは、彼女の笑顔で。

……決してこんな表情じゃない。

……違うんだ……。

「……ちぇー。タンコブがいないうちにエミちゃんのこと、デートに誘うつもりだったのになー」
「そんなもんにこいつがノるはずないでしょーが」
「そんなことないよねー?ね、エミちゃん」

ウィンクを飛ばす。これがオレ。オレにはこんな風でしか、彼女から笑顔を貰えない。

だから笑ってよ。
オレに君の笑顔をちょうだい。


「……もー、そらさんってば…」




Transparent bluff.
(ヘタクソな嘘)




今はそれを見破らないでいて欲しい。





end
(20100919)

 


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