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まとう独特の空気が好き。
透明感のある雰囲気が好き。
柔らかい笑顔が好き。
少しトゲのある茶目っ気が好き。
私を呼ぶときの優しい声が好き。
笑った時の楽しそうな目元が好き。

全部全部、彼を構成している全てが好き。


きっと私はこれはもう、病気みたいなもんだ。

……なんて思う。




「エミちゃん!、キューの持ち方から俺がちゃんと教えてあげるからさー」

「え?」


明るいそらさんの言葉に、ようやくはっと現実へ引き戻された。


…あ、……見とれてました、なんて言えない、よね…。


独特の、少し大人びた雰囲気を作り出すビリヤード台の向こう端で、キューを構えて、何度か指の間をすり抜けさせながらショットの確認をしている瑞貴さんの姿に、心臓が痛いくらいに跳ね上がってしまったことは、誰にも知られたくない。


「…仕方ない。俺が手取り足取り教えてやるよ。エミ、こっち来い」

「ちょっとキャリア!横入りしないでくださいよ!今俺がエミちゃん口説いてたのに!」

「口説くのに順番なんて関係ないだろ」

「エミ、昴さんやそらさんなんかに教えてもらったら、ほぼセクハラ決定だぞ?俺に任せとけって」

「海司はむしろお前こそ教えてもらえよ!いつもテーブル突いたりして、クロス破り常習犯のくせに!」

「な!…今回はちょっと違いますって!」

「あの、みなさん、ちょっと…」


私の声が終わらないうちに、カチャーン!と複数の球同士がぶつかる軽快な音が部屋に響いた。

見れば、いつの間にかボールはテーブル中に広がっている。ゆったりとした動きで構えを解いた瑞貴さんの姿に、それが彼の仕業であることは一目瞭然だった。


「…こういうときは、実力で勝ち取らなくちゃ、ですよね?」


珍しく挑発的に笑い、ナインボールで勝負、と先輩達を煽る瑞貴さんの言葉に、簡単に炎をあげるこの人達は、苦笑するほど単純だ。


「よし、瑞貴。ナイス提案。んじゃ、俺からいっきまーす」

楽しそうにテーブルに近づくそらさんに、どうぞどうぞ、と爽やかな対応をする瑞貴さんが、私の隣に移動してきた。

「…エミさん、ビリヤードは初めて?」

「え、あー…前に小杉先輩に連れて来てもらったことはあるけど…。あの時は結局先輩の独壇場で」

「ふふ、あの人らしいね。それじゃ、ほとんど初めてなんだね」

「うん」


見よう見まねで、それなりのことは出来そうな気がする、けれど。


「うーん、まあ…球を突くだけの話、なんだけど、ね」


結局は入射角と反射角の話だから、集中力と、その辺の計算が出来ればいいんだけど、と頬を掻きながら付け加える。


「…そんなこと言っちゃったら、教えるっていう楽しみなくなっちゃうし…ね?」

「ね、って……」


少し上目遣いでいたずらに微笑む瑞貴さんに、きっと私の頬が赤いことなんてバレてしまっているだろう。隣にいると、自分の頭の中がもう寝ても覚めてもこの人のことばかりで埋め尽くされているということが赤裸々に伝わってしまいそうで、それが恥ずかしくて少しだけ俯いた。


「…瑞貴さんは、……得意なんですか?ビリヤード」

「うーん、そうだな……まあ、この面子じゃ負ける気は、しない、かなぁ…?」


空振りした海司が他の二人に馬鹿にされて、次は昴さんの番。
なんだかすごくサマになった構えから繰り出されるショットで、勢いよくテーブル内を踊る球を見つめながら、ふ、と瑞貴さんは口元で小さく笑う。


「…うん、大丈夫、かな」

「え?」


何が、大丈夫なの?と尋ねかけた私の肩をそっと引き寄せて、耳元に唇が寄せられた。


「…エミさんへのレクチャー権は誰にも譲らなくて済みそう」

「え?」


触れそうなほど近い唇が言葉とともに空気を発して耳をくすぐって、彼の近さがリアルに意識される。恥ずかしさに思わず肩をすくめた。

そんな私の様子に満足気な瑞貴さんは、含みのある目元の微笑みをそのままに、一瞬で離れていく。


…あ、離れ、ちゃった…。


身体中の毛穴が開いたんじゃないかというくらい緊張したくせに、がっかりしてる、私って分かりやすすぎるなぁ、と思う。

瑞貴さんの言葉に、ああ、期待していいのかな?なんて、甘い淡い恋心が少し色めき立った。


ゲームに集中する3人は私たちの接近に気付かない。なんだかこの距離でこっそりと悪いことをしているようで、妙に心臓がどきどきする。

もういっそのこと、ここから連れ出して欲しい。きっと今なら私たちが消えても誰も気にしない。


…バカ、私……。


一瞬の接近で、揺らぐ二人の距離感が狂ってしまったんだと思う。ずっと我慢してた、もっと近づきたい、という想いは、もう我慢出来そうにない。



Addicted to you.
(溺れてしまっている)


手を引いてこの人もこの泥沼に引きずりこんでしまいたい。私の燃えるような胸の内にそろそろ気付いて欲しい。


温もりの足りない手のひらが手持ち無沙汰なのは、きっと今だけ。




 


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