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「アイス食べる?」

夕食の片付けも終ってソファでクッションを抱えながらテレビより流れる流行のメロディを口ずさむ私に、スッと円錐形のアイスクリームが差し出された。

「あ。ありがと」
「うん。甘いものって別腹だよね」

はー、生き返る。と深い溜め息と一緒に瑞貴が腰を落として、ソファの座面が一瞬ぐにゃり、と傾いた。

「お疲れさま」
「うん。最近暑いし、スーツで仕事ってこと自体修行なんじゃないかって気がするよ」
「ふふふ」

お風呂上がりのタオルを頭にかけたまま少しくたびれた部屋着のTシャツ姿の瑞貴は、どうみても年相応の青年でしかない。仕事場で見る彼よりずっと近くに感じる。
それがなんだか嬉しくてくすぐったくて、座りなおしながら身体を彼に近づけた。

「エミ、ご機嫌だね」
「…ふふ、だってアイス美味しいんだもーん」
「……ふうん?エミって、甘いもの好きだもんね」
「瑞貴だって好きでしょ?…瑞貴はまた食べてる、とか言わないから、そういうとこほっとする」
「海司さんとか、また食ってんのかお前は、とか言いそうだしね」
「そうだよ!こうやって一緒においしいねーって言えるの、幸せだなーって思うもん」

真夏のアイスは特に最高、と付け足しながらぱりっと表面をコーティングしているチョコレートにかぶりついた。口の中に広がるひんやりと冷たい甘味と苦み。

「焼き芋に、あんまんに、お団子に…アイスは二巡目だね」
「え?」
「このソファでこうやってエミと一緒に四季折々に甘いもの食べてるんだけど、忘れちゃった?」
「わ、忘れるわけないよ…!」
「あ、どもった。怪しいなあ…」
「お、お団子はここじゃなくて桜の木の下のベンチだったし!ここで食べたのは桜餅!」
「あれ?そうだっけ?」
「そうだよ!」
「まあ、季節関係なく色々食べてるもんね。でもさ、ここでデザート食べてると、よりほっとするんだよなぁ…」
「…………」

……嬉しくて、一瞬言葉が出てこなかった。私にとって特別であるこの時間。同じようにここで過ごす時間で彼が2人の歴史を感じてくれている。
思い出を引き出す鍵がなんとなく違うのはこの際もういいことにしよう。

……まあ、甘味が思い出に絡んでるなんて、……言われてみれば瑞貴らしいかもしれないし…。

本当のことを言うと、別にそこに甘いものがなくたっていい。私にとって、今日みたいな夕食後だったり、休日の朝と昼の間だったり、昼下がりだったり。時間だって関係なくていいから、こんな風に素顔のこの人とゆったりと流れる時間を共有出来ることが一番嬉しくて大切なのだ。
ちらりと彼を盗み見ればいつの間にか最後の大きめな一口を放り込んだところで、もぐもぐと口を動かす様は小動物のように可愛い。ふいに見せるこの隙がこれからも自分だけのものであってほしいなんて、妙な独占欲が胸をときめかせた。

「一番始めはケーキだったよね。覚えてる?当てっこしたの」
「ん」

コーンの側面をつつっと遠慮なく滑り降りてくる溶けかけた白いクリームを舌で拭いながら頷いた。

「……あの時も今も、変わらないね」
「え?」
「…………」
「よ、よく食べるなってこと?」
「うーん……美味しそうに食べるなとは思うけど、そうじゃなくて」

視線に射られたままアイスクリームを食べ続けることが無性に恥ずかしい。でも早く食べないと、溶けかけたアイスは待ってくれない。

「そ、そんなに見られたら……」
「だって僕、エミが何か食べてるとこ見るの、すごく好きなんだよ」
「言われると余計緊張するって!」
「あ、たれちゃう」
「あ!」

指摘された一筋を慌てて舐め上げる。

甘い。
ああもう、早く食べてしまおう。

大きく口を開けて、もうふちの鋭角なんてなくなってしまったアイスにかぶりついたところで、瑞貴の視線が一瞬、色を含んだ気がした。

「…何かを食べてるときのエミ、色っぽいよね」
「い、色……!」
「うん、すごく色っぽい。動物的で。……なんか、……本能?」
「な、にそ…れ……」

味わうことも忘れて口に含んだアイスは一気に食道を駆け抜ける。
熱っぽく跳ねる心臓。

温度のコントラストがやけにはっきりしていて、自分の緊張がやたらと強く伝わった。

「…あの時のケーキみたいに、当てっこする?」
「当てっこって……」
「ほら、目。瞑ってごらん?」
「え、でも……」
「ほら、はやく」

言うが早いか、強引に彼の左手で私の視界は遮られた。





Real is more sweet than sweet.
(それはもう病みつきになるほど)




溶けたクリームよりもずっと甘い時間が、今夜もこれから始まる。





end
(20100805)

 


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