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「そらさん…本当にどうしたんですか?」
「え?」
「なんか、……今日変ですよ?」

すぐ顔に出るエミちゃんが分かりやすく眉間にしわを寄せた。そうさせているのはオレ。分かってるよ、挙動不審だって。
まだどんよりと白いままの空の下、爽やかなビーチにはほど遠いじっとりとした砂浜ではしゃげるほど、オレ達はもう子供じゃない。

「…だって、電機屋さんで欲しいものあるっていうから行ったのに結局買わなかったし……いきなり観覧車乗りたくなった!って遊園地行って、3回も観覧車乗って…」

「欲しいのはまだ発売してなかったんだよ!……そ、それにたまに行きたくなるでしょ?あのメルヘンな雰囲気……」
「…せっかくならジェットコースターとかも乗りたかったなぁ…もうすぐパレードだってあったのに出てきちゃうし……」
「ほ、ほら!なんか急にのんびり夕日とか見たくなっちゃって…」
「夕日って、今日は曇天ですよ?太陽なんて出てないのにどうやって夕日見るんですか?」
「うっ……」

こういう時のエミちゃんは異様に鋭い。いつもはもうちょっとぼうっとしてるのになあ。

「ほら、夕方の海ってなんか心落ち着くでしょ?」
「……落ち着かせたいことでもあったんですか?」
「いや!そういうコトなわけじゃなくて!!」

じろっと横目で睨まれる。こういう表情の彼女がオレの女遊びを疑っていることは、これまでの経験でなんとなく分かるから、きっぱりとしっかりと、強く否定する。

「……さ、せっかくのデートなんだし、これからちょっとオシャレなバーでもいこうよ。夜景の見える……」
「……暗くなるまでまだだいぶありますけど……」

言われて携帯を確認して思わず目を瞑った。まだ夕焼け小焼けの鐘の音すら町に響くような時間じゃない。テンパッてる、オレ。すげー、何だよこのプレッシャーってば。

「…そらさん普段外食多いんだし、今日はおうちご飯にしません?」
「え?」
「あ、そらさんが良かったらですけど。…私作ります」

エミちゃんの手料理と聞いて嬉しくないはずがない。オレが笑顔を返すと、エミちゃんは少し恥ずかしそうにはにかんだ。……こういうとこ、大好きだ。賑やかだったオレの回りで、言葉じゃなくてもこうして気持ちが伝えられるって知ることが出来たのは彼女のおかげ。

じんわりと溢れる愛おしさと温もりに変わる愛のかたちがあるって、教えてもらったのは彼女からだ。

それまではずっと、分かりやすいかたちにしなければ感じられなかった。言葉とか、行為とか。そうしなければ消えてしまいそうな気がして。……目を覚ました時にはいなくなっていた、あの時みたいに。

「何が食べたいですか?」
「え?」
「もう!晩ご飯です!そらさんの好きなもの、たくさん作りますよ?」
「えー!マジで!じゃあね、じゃあね!」
「ふふっ。やっといつものそらさんになった」
「えー?」
「えーって、明らかに変だったじゃないですか。……なんからしくなくて」
「参ったなあ……」

なんでもお見通しだ、彼女は。らしくないオレなんてすぐに見破られる。

車に乗り込んでエンジンをかけて。目指すはお洒落とは無縁で、雰囲気のかけらもない、散らかったままのおんぼろアパートのオレの部屋。こんなことにならないようにって、さりげなくみんなに理想のプロポーズ場所をリサーチしてきたというのに。…オレにはどうも、そんな器用なことは出来そうにない。電気屋で新生活を想像しながらとか、観覧車の密室でとかスポーツバカみたいに夕日を背負ってとか、キザに大人な雰囲気でとか。

そんなのオレじゃない。素顔のままの自分を選んでくれたこの子に、今さら格好つけて何になるんだ。さらっといけばいいじゃん?いつもの感じで。そういうのがオレ流じゃん?

「…参ったなって、何が?」
「え?オレが変だって気付いたんでしょ?」
「うん……なんかそわそわしてるし……そらさん、嘘下手だから」
「ハハハッ!そっかー…じゃ、オレがプロポーズしようって思ってたことも……バレバレだったりする?」
「………」

にこやかだった彼女の笑みが消えた。

「…………え?」
「……エ…って…、えっと、エミちゃん?」
「……プ、ロ……?」

消えた笑みが連れて来た沈黙が車内の空気をずん、と一瞬で重たくする。

「………」

どうしていいか分からない、といった様子のエミちゃんの口元が忙しなく細かく動いた。笑おうとして、笑えなくてキュッと一文字に結ばれた唇はそのあとも開かれなくて。

ドクン、と心臓が大きく波打つのと彼女の瞳から一粒、涙がこぼれたのは多分同時だったと思う。

「………っ」
「ちょ、え!エミ…」
「ご、ごめんなさ……」
「え!ええっ?」

溢れた涙が自分でも意外だったようで、慌てる彼女に自分が失敗したことを痛感する。

「ご、ごめん!オレ…!やっぱもっとちゃんと雰囲気とか作って言うべきだったのに……!」
「ち、違…っ」
「ほんと、ごめ……」

止まらない涙をごしごしと手荒く擦ろうとするエミちゃん。なんだかいたたまれなくて、思わずその手を手首ごと奪い取った。

「そらさ……」
「そんなに擦ったら、赤くなっちゃうじゃん……」

オレの大好きな声がオレの名を空気と一緒に吸い込んで、瞳が揺れた。すぐに伏せられた睫毛の隙間からもう一粒、隠し切れなかった雫が落ちる。

「………ずるいです……そんな……」
「え?」
「こんな不意打ち…」
「…あ、……ごめん」
「今日一日変だったのって、そのせいだったんですね……」
「あ、あー……うん。なんかみんなの話聞いてたら、どんな風に言えば一番エミちゃんの心に響くかなーとか色々考えたけどわかんなくなっちゃってさ…」

「………」
「で、結局こんなデリカシーもなんもないかたちでバラしちゃって…ほんと、オレって…」
「ばか……」
「うん、ばかだよね……」
「違いますよ。…もう、ほんと、ば……世話が焼けるんだから」
「え?」
「なんでわかんないんですか!」
「え?え?」
「もー!……シチュエーションとかじゃないですよ!そらさんが!……そらさんが言ってくれるから、響くんじゃないですか……」
「……え……」
「どんなに映画みたいな雰囲気で言われたって、……そらさんじゃない人からの言葉だったらなんとも思いません」
「エミちゃ……」

涙ぐんだまま彼女は笑った。それがなんとも愛おしくて、触れたくなった。

「………」

手首からまだ湿ったままの頬へと手の平を移動させると、さっきまでの焦りが嘘のように消えていく。
自然と言葉が溢れ出た。

「……エミちゃん。……結婚、しよ?オレと、ずっと一緒にいて欲しい」



Only for your smile
(特別な魔法が必要なわけじゃなくて)


はにかみながら頷いたきみに口づけた一瞬は、永遠のように長く感じた。





end
(20100704)

 


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