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かわいいあの子は人気者。朗らかで真面目な性格。それでいて少しお間抜けさんなところもあって、回りはついつい手を差し伸べてしまいたくなる。これも彼女の魅力の一つ。出会った当初はおどおどとして、それにすごく遠慮がちだった。だけれど最近ようやくウマい切り返しをしてくれるようになって、よりテンポ良く会話が弾んで、人生これからだ!と思っていたというのに。……より集中して演技指導をしようと思っていたというのに、なんということでしょう!

「えーっと…先輩、私今日官邸に呼び出しされてて…その、部活、お休みさせてもらっていいですか?」
「……お父様に会いに行くのね?行っておあげなさい!普段離れているんだもの、親孝行はしておくべきよ!」
「えーっと……あー……」
「今は選挙前でとても忙しいだろうし、エミちゃんの笑顔を見ればお父様も元気が出るはず!…公演は近いけれど、また明日にでもエミちゃんにはワタクシ、この小杉よねが魂込めて指導をするわ!」

「その、ですね…。お父さんには、そのー…確かに会うんですけど、ですね……」

正直な子。黙ってすいませんだけ伝えて行けばいいものなのに。そんなに目を白黒させてたら、ワタクシのこの眼鏡は騙せなくってよ。
……彼に会うのね。今や私のライバルであるあの男に!!

「……ふぅ…、藤咲瑞貴に会うのが目的なのね?」
「えー………っと、あー……っと……はい、……あ、でも、今度の私の警護に必要なミーティングだっていう話なんです、よ?」
「そんな話!あの男のていのいい建前にすぎないわ!!」

うひゃ!とエミちゃんが一歩後ろに下がって、自分が思わず我を忘れて声を張り上げたことに気がついた。

取り繕うように眼鏡を鼻筋に沿って押し上げる。いけないわ。こんな時こそ自分を演じ切れなくて何が女優?かわいい後輩に悟られてはいけない!…まさか、この演技に人生全てを懸けているワタクシが、元アイドルに過ぎないあの男を気にかけているなんて!
絶対に悟られるわけにはいかないのです!!

「……あ、えーっと、先輩もどうですか、一緒に。瑞貴昔忍者役やったことあるって言ってたし、もしかしたら今度の舞台のアイディアとか聞けるかも…」

「カアアアアアアッ!!!」
「え!!」

思ってもみない言葉がエミちゃんの口から飛び出したせいで、ワタクシの身体がわなわなと震えてしまうのはまさに無意識下。

「あ、す、すいません!公演間近なのに先輩にも部活休むことすすめるなんて、私……」
「いえ、いいのよ……光栄だわ」

アイドルかぶれに…演技のいろはもわかってない輩に、ワタクシの役作りが負けるはずないのよ!!

なんて、叫びたい気持ちがないわけでもない。ただ、ワタクシにはわからない。なぜあんな顔だけ、そしてスケスケアミアミの衣装っていうだけで、あの忍者映画が大ヒットしたのか…。顔が良ければ、露出すれば、どんな作品でも売れてしまうなんて、この日本、感性というものはあってなきにしもあらず……。そうなれば、ワタクシがこんなにも探求している演技とはなんぞや!!ってなことに……、

「なりかねないのよ!!」
「ど、どうしたんですか?先輩!」
「……はっ、ワタクシとしたことが、声を張り上げるなんて…」
「結構普段から張り上げてますよね?」
「はしたないわ…これじゃあお嬢様くの一なんて語れないわね」
「…私には未だに先輩の書いた脚本が語れないんですが…」

露出狂忍者に対抗するには、清楚な忍者!これしか……ない!!

「…どちらがより忍者としてふさわしいか、今日こそ決着をつけるのよ、よね……」
「忍者としてふさわしいって、そのー、どういうことですか、ね?」
「いいのよ、エミちゃん。あなたは前にお進みなさい……」
「えーっと、それはとりあえず官邸に向かえばいいって解釈であってますか?」

未だ難しい顔をしているエミちゃんの背中をさあさあ、と言いながらドン、と押し出した。そんな私を振り返りながら見てエミちゃんもいつもの笑顔になる。この子のいいところ。フレキシブルなこの対応力。

……忍者対決で、藤咲瑞貴に負けるつもりは毛頭ない。けれど。

官邸が近づくにつれて、少しずつ頬を赤らめるこの隣の女の子。
一歩一歩、歩を進めるたびに、比例して表情が変化する、この恋する乙女をこんなにも綺麗にしたのは、あの元アイドルの力であることは否めない。


ここだけは、勝ちを譲るわ。



"No side" only now.
(この子の笑顔が曇らないように)


それを演じるのも女優魂。ワタクシの腕の見せどころ、ですことよ。





end
(20100628)

 


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