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鼻をくすぐる柔らかい感触にうっすらと瞳を開けば、愛おしい寝顔。もう何度目になるだろう。自分のベッドではない場所で目が覚めた朝のこの幸せを噛み締めるのは。すぐそばに穏やかな寝息を感じて、そのなんとも言えないこみ上げてくるパステルカラーの甘い感覚に酔いながら、まだ閉じられたままの彼の長い睫毛を見つめて。それからもう一度、その胸元に顔を埋めた。

「…起きたの?」
「え」

起こしてしまったのか、起きていたのか。収めたはずの頭を持ち上げて、再び顔を覗き込むと、亮太くんの瞼が重たげに開かれた。

「ふわぁ……。はやいね、あんなに夜更かししてたのに」
「あ…あー、……うん」

夜更かし、という単語で一瞬にして昨夜…といってもまだ数時間前の自分たちの姿を思い出して、言葉に詰まる。

「何今更照れてんの?エミちゃん、昨日めちゃめちゃ暴れてたくせにー」
「あ、暴れてないよ!」
「えー?そう?…お酒入るとあんなにえっちになるんだね。俺、たじたじだったんだけど」

反論しようと口を開きかけて、だけど記憶に残っている。うっすらとしっかりと、朧げに、だけどやたら鮮明に。言葉は見つからず、仕方なしに、もう!と手近な枕でにやにやと私を覗き込む瞳を隠した。

昨夜、長い長い全国ツアーが終わった彼らは、メンバーだけで小さな打ち上げを開いた。おいでよって言ってくれたみんなに遠慮しつつも、しばらく亮太くんの顔を見ていなかった寂しさが勝った私は彼らの厚意を有り難く受け取って。

一磨さんの部屋で行われた、所謂「家呑み」という和やかな空間での楽しい宴は盛り上がる。けれど、その楽しさと身体は比例しない。走り抜けていく時間に誘われるように、私の瞼は少しずつ重みを増していって…。

「…覚えてないなら、教えてあげようか?」
「え?」
「昨日のエミちゃんのコ、ト」

上半身を少し浮かした私の下で、返事も待たずに亮太くんはイタズラな表情を崩さず言葉を続ける。

「もう、俺の方が恥ずかしくなるくらい…」
「わ!わ!…と、隣の部屋なんだから私1人で戻れるって言ったのに、ついて来たのは亮太くんじゃない」
「あ、そんなこと言うんだ?先に休んでたら?って言ったとき、どんな顔で俺のこと見たのか自覚ないの?」
「そんなの覚えてないし、自分じゃわかんないよ」
「…あんな寂しそうな顔されたら放っておけるはずないしー」
「さ、寂し…!」
「やっぱり覚えてないんだ?部屋戻ってきてからのこと」
「な、なんかおかしなこと言って…たり、した…?」
「別に?おかしくなんてなかったけど……」

含みのある亮太くんの言葉。吸い込まれるように見つめていると、一瞬ふっと表情が優しく緩んだ。

「…部屋に帰って来るなり、ぎゅーってしがみついてきてさ…。可愛かったよ?それにやけに素直だったしー」

そのあたりのことははっきり覚えていない。ずっと生身の亮太くんに会えなくて寂しかったというしらふの時の感情は覚えているけれど。それを表に出すなんて、恥ずかしいと思っていたのに。

「俺のこと、押し倒したのも覚えてないの?」
「お、押し…?!」
「そうだよ。寂しかったって言いながら迫って来たの、エミちゃんだよ?」

ほんとに?と亮太くんを品定めするように見つめるものの、その表情からは真実は読み取れない、けれど。

…熱を分け合ったことは、なんとなくまだ余韻の残る身体の熱さから明白だ。それに、耳元での彼の甘い囁きも覚えている。

「…いいー眺め」
「え?」
「そのままもうちょっと身体起こして跨がってよ」
「ん?」
「ほらほら、身体起こして…おー。いいアングル」
「!」

下から伸びてきた両手が、今まさに私が隠そうとした二つの膨らみを持ち上げて包む。

「あんまり覚えてないみたいだし、今からもっかい確認しとこっか?」
「お、覚えて…、あ……」
「昨日みたいに素直になったら?…ほら、こっちの方も準備オッケーみたいだし…」
「ひゃ!…や……ンあ、……ちょ……」

簡単に疼きはじめる身体は驚くほど彼に従順。だったら、私ももう少しわがままを通そうかな、なんて、普段より強気なのはきっとまだアルコールが抜け切っていないせい。滑らかに踊る彼の手首をぎゅっと押さえて、主導権を奪い返した。

「りょ、亮太くん!」
「ん?何?」

余裕そうな口元の笑みが一瞬だけ消えた。私は細く深く息を吸って、……吐く。

「お、覚えてないから、……もっといっぱい、……キス、しよ?」

それから、たくさん抱きしめて欲しい、抱きしめたい。混ざりあって溶けてしまうくらい。
そんな思いを込めて、彼の手首を掴んでいた手にさらに力を込めた。

一瞬面食らった亮太くんはすぐに笑顔を取り戻して、握られた手首ごと私を引き寄せる。

「そうこなくっちゃ、ね」



Imitation is already unnecessary.
(目の前にはもう、愛しさだけ)






「満足した?」
「…ん……」
「可愛かったよ」
「……もう、ばか……」

ピンポーン!

「!」

ピンポーンピンポンピンポーン!

「やば!隣にあいつらいるの忘れてた!」
「え!!」

『おい亮太!起きろよ!』
『ちょっとー、翔、いいじゃん。空気読めってー。エミちゃんにますます嫌われるよ?』
『ま、ますますってなんだよ!』
『こら!お前ら、と、とりあえず部屋に戻るぞ!あーっ義人!俺の部屋じゃなくて!』
『……俺の部屋はナシな』

「……このタイミングでこの会話って……」
「え?えー?あれー?おかしいな、このマンション、壁は厚いはずだけど…。ま、いいじゃん?付き合ってるのあいつらみんな知ってるんだし…」
「っ!!」


それからしばらくの期間、私がWaveメンバーと顔をあわせるのを避けていたことは、いうまでもなく……。



……It is no use crying over spilt milk.
(……覆水盆に返らず)


end
(20100606)


 


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