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好感度なんて、曖昧な尺度はたいがいあてにならないものだとは思っている。だいたい、そんなもの、主観的すぎて、スケールにして表すことなんてできないだろう。

以前との比較なんて、ナンセンスだってわかってる。

「誉くん、まだちょっと寒いよ」

きらきらと光るミラーカーテン越しの日射し。柔らかな春の太陽のおかげで、上着が邪魔になるくらいあたたかい日曜。部屋に入ってくる風に髪を揺らしながらエミは、寒いよ、なんて言いながらも笑顔で、この状況を楽しんでいるように見えた。

「どうしたの?急に窓開けて。暑い?」
「別に…、…お前のこんがらがってる頭もリフレッシュされるんじゃないかって思っただけだ」
「こんがらがってるって…」
「…動きが鈍い、の方がいいか?」
「…どっちもどっちだよ」

そう言ってからけらけらと笑い出す。こういうことを言っても、大抵エミは笑い飛ばす。俺なりの冗談だって分かってくれているのか、それとも笑って誤摩化しているのか。あえて尋ねたことはないけれど、ああ、言いすぎた、と思う時がないわけでもない俺にとって、こいつのこの笑顔は免罪符のようでほっとする。

「…んー…、いい気持ち。この季節って、大好き…」

ぐっと伸ばした手と身体。そのまま、ベッドに寄りかかっていた身体をずるずるとずらして、エミの服の裾から少しだけ肌色が覗いた。こんな爽やかな日の真っ昼間から、再びプレイバックする艶かしい彼女の瞳。さっきは窓を開けてなんとか押さえた衝動を、今度は唾をごくり、と飲み込むことで身体の奥へと押し戻す。

「…誉くん、何考えてるの?」

こういうときのエミはやけにカンがいい。少し口を尖らせて、不埒な思考を咎めるような口調で俺をたしなめる。

「…ここでどうやってお前を押し倒そうかってとこだな。…って、期待してたんじゃないのか?」
「な!」

ばか!と頬を染めたエミが慌ててだらけた身体を正して、はだけた裾も直して、少しだけ身体をずらすように座りなおして俺から距離を取った。

そういうことをすれば追いかける方としてはより燃えるんだって、きっとこいつは気付いてない。そういうとこ、いつまでたっても天然でわかってないんだな、と思わずにやり、と口元がゆるんだ。

「うっ。またその不敵な笑みが…」
「なんだ、不敵って。…そういうこと期待してるからそう見えるんじゃないのか?」
「そ、そんなことないってば!」

こんなに簡単に頬を染めるほどこなれてないくせに、あの時のあの妖艶さはなんなんだ。何度吸い付いても足りなく感じるほど、何度求めても欲しくなるほどのあの女の匂いはどこに隠しているのだろう。
…ギャップか……。

エミの魅力をさらに強めているのはこれに尽きる、ような気がする。考えてないようで考えている。分かっていないようで分かっている。
…弱々しいくせに、結構しっかりした強さがある。
伸びやかでしなやかな強さが。

ギャップはその振り幅が大きいほどあとに感じる評価を高めるからな…。俺はその罠にまんまとはまったってとこか…。

急に悔しくなった。

衝動に駆られるなんて、俺の知ってる俺らしくない、とは思う。

「わ!」

エミの驚いた声が頭の上から聞こえてきたけれど。
エミがどんな顔をしているかなんて、見なくても分かるけれど。
目を瞑って、拒否する。後頭部にはエミの柔らかい温もり。

「ちょ、ど、どうしたの…!」
「…いいだろ、たまには。膝枕ぐらいでわめくな」
「や、えと、その…!」
「…お前、肉つまってて、クッション丁度いい」
「ぐっ……」

言葉をつまらせるように喉をならしたエミの香りが、カーテンを揺らしながら部屋に入って来た風とともに鼻をくすぐって。
そっと、気付かれないように大きく息を吸った。
暗闇でも、温もりと香りと柔らかさとでエミの存在を感じることができて。心臓がいつもよりゆっくりと動いている気がする。

…こいつといると、落ち着く…。

「…誉くん?…寝ちゃったの?」
「…寝た」
「……ふふ。どうせ昨日も遅くまで勉強してたんじゃないの?」
「…別にいやいやしてるわけじゃない。気がついたら夜中だっただけだ」
「…寝たって言ったくせに」
「…そんな生意気なことばっかり言ってたら、このまま押し倒すぞ」

ばか!とか、もう!とか。そういう言葉が振って来るかと思ってたけれど。俺を包んだのは、あたたかいエミの手のひらで。
まるであやすように俺の頭をそっと撫でる、柔らかい温もり。
そっと薄目を開けて、エミの顔を見上げると、そこには。

……ちくしょう。穏やかな顔で笑いやがって……。

Back down.
(こいつには勝てない)


よこしまな下心も健全すぎる身体も、全てが邪念に思えてきた。
一緒にいればいるほど、知れば知るほど、高まっていく好感度。

…惚れた俺の負けだ。

もう一度目をとじて。
大人しく、そのまま温もりを感じるだけの、穏やかな午後を楽しむことにした。





 


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