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あ、っと思った時、私の身体は既に昴さんの背中の後ろに隠されていた。正直、どきっとしないこともない、この力強い腕に。

「あ?なんの用だよ」
「…別に、挨拶をしていただけだ」

しれっと、表情すら変えずにそんなことを言うから、私の胸はまた一つ、ぎゅうっと縮こまる。痛い。

「おいエミ、後藤なんかに近づくな。ロクなことにならねーんだからよ」
「…そんな言い方…」

心の中では、そんな言い方ひどいです!なんて勢いよく突き飛ばして、後藤さんのそばに駆け寄りたい、なんて思うのだけど。

…できるはず、ないよ…。


きっと後藤さんがもう少し愛想がよければ、もう少し饒舌ならば、もう少し私に歩み寄ってくれるならば、私も勇気を出せるかもしれない。けれどどうだ。この無表情。少しくらいは近づけたかな、と思って廊下の先を行く彼の背中に話しかけて、いくつか話題を紡いでみようとしたけれど。言葉はポロポロと、切ないほどにこぼれ落ちる単体に過ぎず。それを決定づけるかのような、変化のない表情。

忘れるなんて到底不可能なほんの数分前のこの出来事は、鮮明に瞼に焼き付いている。それは別に、今日が特別ではない。この人と私の関係なんて、こんなものにすぎないのかもしれない。

自分に折り合いをつけるように言い聞かせるように、そんなことを思うと、胸はもう一度大きく軋んだ。

「…やけにご執心だな」
「あ?」
「お前の過去の女遊びを知ってる奴なら、誰だって驚くだろう?」
「な、」

珍しく昴さんが狼狽えて、そのせいなのか、それともこれがこの人達の会話のスタンダードなのか。ははは、と楽しそうに後藤さんが声を出して笑った。

「て、てめ…!な、何がおかしいんだよ!笑ってんじゃねー!」

後藤さんの笑顔に、昴さんを見下すような、バカにしたような様子は見られない。そこから読み取れるのは、友人をからかって、その反応を喜ぶ、素直な……。

「……仲良しなんですね、お二人は」
「お前何をトンチンカンなことを…」
「え?だって、…」
「……そうだ。俺が一柳なんかと仲が良いはずないだろう」
「……そういうものですか?」

ようやく背中から脱出出来た私に、当たり前だろ!と強く言い放つ昴さん。愛想笑いを返してから、こっそりと後藤さんを盗み見ると

「………!」

一瞬。たった一瞬だったけれど、私にはなかなか許すことのなかったその口角が、僅かに動いて表情が緩んだのを、見逃さなかった自分を褒めてあげたい、と思った。

ぐっと、心がもっと彼に寄り添いたいと、悲鳴をあげる。

これがたとえ勘違いでもいい。
私へ笑いかけてくれたなんて、恥ずかしい自惚れかもしれない。
それでも。

「ちっ、行くぞ、エミ。無駄な時間だったぜ」

拘束力のないはずの言葉に捉えられた私は、意志に反して身体を後藤さんから翻す。引かれた腕には逆らえない。

「…あ、………」

それでも、心残りで振り返ったままの私へ向けられた、彼の視線の柔らかさに、密かな想いだけはそこから動こうとはしなかった。


Giving you my trust.
(信じているの)


本心をなかなか明かさないあの人がいつか、私を引き寄せてくれることを。





end
(201000524)


 


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