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ごくりと飲み込んだオレンジジュースの流れが身体の中でやけにはっきりしていて気持ち悪い。

「…エミ、で?…俺は聞いてないぞ」

昼間のファミレスに似合わない、ぴりっとした空気がさらに引き締まったような気がして、吐きかけた溜息を我慢した。

「…だって、お兄ちゃん家に帰ってこないし、わざわざ電話して言う必要なんてないって思ってたし…」
「これのどこがだ!世の中にはメールってものがあるんじゃないのか?お前女子高生ならメールだってお手のものだろ?」

少し俯いて、向かいで怖い顔をしているお兄ちゃんから目をそらすと、そっと隣から手が伸びて来た。

…あ……。

膝の上で握っていた拳をそっと包んだあたたかい健人くんの手。きっと私の不安を和らげてくれようとしてるんだ、と思うと、この状況にも関わらず口元が緩みそうになる。もちろん、そんな様子を感じさせるわけにもいかないから、ぐっと堪えたのだけれども。

「…何をにやにやしてるんだ?」
「…に、にやにやなんてしてないよ!…てか、お兄ちゃんだって、彼女いるんだし、いちいち構わないでよ!」
「俺はもう成人してるし、真面目に働いてる。…お前はまだ未成年だろ?だいたいあいつは彼女じゃなくて婚約者だ」
「…っ!わ、私だってもう高校生だもん!」

お義姉さんになるあの綺麗で優しい笑顔を思い出した。嫌いじゃない。むしろ、嬉しい。
けれど……。今、この状況では思い出したくなかった。
思わず声を荒げたところで、それを制するように健人くんがようやく口を開いた。

「お兄さん」
「あ?お前にお兄さんなんて呼ばれる筋合いはない」
「…だったら…え、と、…昴さん?」
「……なんだよ」
「…俺ら、テキトーなつもりで付き合ってるわけじゃないっすけど」
「…信じられねーな。チャラチャラ男のくせにピアスなんてつけたヤローは」
「ちょっと!お兄ちゃん!ヤメてよ!!健人くんはね…!」
「エミ、お前男選びにはあれほど気をつけろって言ってあっただろう?よりにもよって…なんだ、こいつは…」

品定めするように舐め回すように健人くんを射るお兄ちゃんの視線。

これが、試練か……。

この壁をクリアすれば、この次に立ちはだかるもっと大きく古い壁を攻略しやすくなる。そのための、私たちに課せられた課題なのか…。

「あのね。健人くんはすごいんだよ?サッカーで全国獲ってるんだからね!」
「…サッカー…?ああ。それでか。どっかで見た顔だと思ったぜ。テレビで国立の貴公子だとか騒がれてたヤツか」
「…ドーモ……」
「却下だ!」
「エエー!!」
「当たり前だろう!あんなにキャーキャー女に騒がれてるようなヤツといて、お前が悲しい思いをしないはずないからな!」
「キャーキャー騒がれてるのはお兄ちゃんだって一緒でしょ!」
「うっ……」
「昴さん、俺、回りがなんて言っても、今目に入るのはエミしかいないっすから」
「サンをつけろ!気安く呼び捨てしてんじゃねーよ!」
「お兄ちゃん!!!」

ただでさえ妙な空気をまとった私たちのテーブルにちらちらと寄せられていた好奇の目が、いっそうその数を増やしたように感じられた。

…いけない。大声だしたらこっちの負けだ…。

「えと、お兄ちゃん。私別にお兄ちゃんのこと、今でも同じくらい大好きだし大事だよ?別にお兄ちゃんの代わりに健人くんを選んだわけじゃなくて…」
「エミ…」
「好きの種類も違うし…。お、お兄ちゃんだって分かるでしょ?」

長い付き合いだ。エリート街道まっしぐらで、オカタイ職業に就いている、この俺様兄貴が、どういう攻撃に弱いかなんて、もう知り尽くしている。

健人くんとの楽しいデートだったはずなのに、まさかこんなところで見つかってお説教を喰らうなんて、納得はいかないけれど、こうなったらもうどうしようもない。

「………お前の気持ちはよく分かった」
「!」
「ただし」

期待を込めて顔をあげた私にお兄ちゃんが釘を刺す。

「…問題はこいつの方だ」
「…こいつじゃなくて神崎健人です」
「……こ、い、つ、が!どれだけ本気かが分からないと、なんとも許し難い」
「………」

にやり、とお兄ちゃんが笑った。この表情。この強気な兄が勝ちを確信した時に見せるこの表情。何を言いだすつもりかと、歯をくいしばる。

「…どれだけこいつをしっかり見てきたか、俺と勝負しろ。こいつの可愛いとこ、こいつのどこが好きなのか、どっちが多くあげられるかをな!」
「は!?な、何それ…!」
「のぞむところっすよ」
「言っとくけど、17年だぞ?こいつが生まれてから17年、俺はエミを見続けて来てる。泣きを見るのはそっちだ」
「…年月なんてカンケーねーし。驚かないでくださいよ」

正の字で数えろと紙ナフキンとペンを渡された。

「いや、ちょっと!待って……」

私が納得しているかどうかなんて、もう眼中にないようで。

「子供の頃から俺のことが大好きなところ!」
「ちょ!お兄ちゃん!」
「わめくな。はやく線ひけ」
「………」
「素直なとこ」
「………」
「エミ、なに惚けてんだよ。はやく線ひけって」
「う、うん……」
「次は俺か。俺の作ったメシをなんでも美味しい美味しいってたいらげるところ」
「…笑顔がめっちゃ可愛い」
「笑顔だけじゃなくて怒ってても可愛いぞ」
「…それもそーっすけど。笑顔は別格」
「んな………ちょ、は、恥ずかしいからやめてよ!」
「くまのぬいぐるみを大事に今でも持ってるところ」
「ちょ!」
「…アレ、まだ一緒に寝てるのか?ほつれたらいつでも直してやるから持ってこいよ」
「ぐ………」

次々にばらされる私のプライバシーに、身体中が火照りはじめる。そんなことにも、すでに勝負に夢中な2人は気付いてもくれない。

「……寝顔」
「………!」
「ちょ、お前。なんでエミの寝顔知ってんだ!」
「え?あ……」

マズイ、と2人で顔を見あわせた私たちの前で、今まで見たことがないくらい冷静沈着な兄が慌てていた……。

「やっぱり許せん!手の早い男ほど信用ならんやつはいねー!」
「そ、それはお兄ちゃんだって一緒じゃない!」
「俺とこいつを一緒にすんな」
「あー、もう!……昴さんがなんと言おうと、俺がこいつのこと好きなのも、こいつが俺のこと想ってくれてるのも止まんねーっすから」
「な、お前!ぬけぬけと!!」

立ち上がった2人は火花を散らす。



Face the truth.
(真実はいつもひとつ)



止められたって止まらない、この想いに偽りはない。


似た者同士に悩まされる日々はこれからもしばらく続きそうだと、大きく溜息を吐いてから窓から見える青空を見上げた。





end
(20100408)

 


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