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重なった身体から感じる熱と重さが、これがリアルであると感じさせた。

「皐月さ…」

そこに深い意味も意志もない。名前を呼んだくらいでこの状態の皐月さんが手を止めるはずがないことは分かっている。けれど、何かひとことでも呟かなければどうにかなりそうなくらい、息の詰まった私の胸は破裂寸前だった。

待たないよ。

通いすれ違った視線は口ほどにものを言う。瞳だけで制されて、ひゅ、と吸い込んだ空気はごくり、と喉をつたってのみこまれていった。さんざんキスを交わしたくせにまだ物欲しげな顔をしていたのだろうか。皐月さんは私を見てふ、と目元を優しく緩めると、反比例するかのように強く唇を押しあてた。じわじわとぬくもりが広がるように私は満たされていく。懸命に応え受け入れて、混ざっていく、呼吸。

ギシ、となまめかしく軋むベッドの上をかすかに照らす、ドアの隙間からもれ入る灯り。つい先ほどまであそこに私は一人でいたのに。この小さな家のダイニングキッチンが今はすごく遠く感じるほど、二人だけの寝室は特別に感じられた。




「エミさん、甘い香りがしますね。ドアを開けた時から幸せな気分に包まれましたよ」
「…隠せるはずないですよね。バレンタインですし、チョコレートを作ってました」
「それは楽しみですね。……味見をしても?」
「え…いや、別にかまわないですけど…できればちゃんと出来上がった分を、」

私の家を訪れた皐月さんはふふ、と優しく笑うと身体をかがめてちゅ、と軽くキスをした。…かと思うと、そのまま口角をぺろり、と小さく舐められる。

「な…!」
「…少しだけ、ここに」
「え、……まさか」
「ほんの少しですよ…役得ですね、私も」

なぜ彼にこんな場所を舐められたのか容易に想像できて、恥ずかしさに目眩がした。口元をごしごしと手の甲で拭う。そんな私の両手を、手首ごと掴んだ皐月さんは私をそのまま引き寄せて、その胸に抱いた。

「…抱きしめると、より甘いですね」
「…あの、チョコレートはもう少し冷やさないとなんです。本当は皐月さんが来る前に仕上げたかったのに」
「仕事で忙しかったのでしょう?待っている時間も味わいの一つです。……ゆっくり待ちましょうか」


連日の残業。先月の今頃、お正月をまたいで取り組んでいたのはバレンタインの記事。そして実際2月になってからはすでに来月の特集と格闘していた。季節感は現実を確認する手段なのだと痛感するのはこれが初めてではない。けれど、今回も私は何がなんだか分からず、街の彩りもどこかふわふわとした心地で眺めていた。結果、バレンタイン当日になって慌てて準備をするはめになったのは言うまでもない。去年も同じ失敗をしたというのに。計画性のなさも含め、全部これが夢だったらいいのにな。なんて思わないでもなかった。

「皐月さん……」

優しい皐月さんの腕の温もりは私を毎度惚けさせる。安心できる広い胸。そっと背中に腕を回した。

「…こんなに甘い香りをさせて…これではまるで」
「え…」
「あなた自身が、…チョコレートのようだ」
「あ、あの…」
「……食べてくださいと解釈するのは、都合が良過ぎますか?」
「え?!」

返事を待たず、皐月さんは目を閉じた。角度を変えリズムを変え深さを変えキスが降ってくる。その度にきゅ、と胸が痺れた。痛いくらいなのにもっとこの感覚を味わいたくて、皐月さんを追いかける。部屋を満たす甘いカカオの香りはムードを色づけるのに一役かっていて、この時間の糖度に拍車をかけてくれているよう。

もみくちゃになりながらキスを交わして抱き上げられて。それでもしがみついて皐月さんの頬に唇を寄せた。

「今日はいつもより大胆ですね」
「……バレンタインは、女の子のための日ですから」
「ふふ…」

そんな私を皐月さんはいつも通り、最上級にしなやかなやさしい手つきでベッドの上に横たえる。この瞬間は何度経験しても夢見心地。この世のヒロインになったような感覚でうっとりと皐月さんを見上げた。




スイート、アンドスイート
(冷蔵庫の中を思い出したのは、朝方になってから)


 


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