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「あ、……大丈夫ですか?」
「え?何が?」
「だって、……呑みすぎたんじゃないです?」

俺が出てきた扉をちらっと見た彼女の言いたいことが分かって、やんわりと否定する。

「……そんなヤワじゃないよ」

俺がそう言うとエミさんはそうですね、と笑った。
トイレ前で話し込むなんて、色気も何もあったもんじゃないけど。

「…エミさんは?大丈夫?」
「あ、はい。私はジュースにしておきましたし」
「そっか……そうだよね」


さっきまで騒がしかった階下はいつの間にか声が消えている。とうとうみんな酔い潰れたか。まだ時計の針は正午を少し過ぎたあたりだっていうのに。

「サトルさん、先に部屋に戻ったから、てっきり酔ってしんどいのかと思ってました」
「いや、…まだ仕事が残ってたし。俺は平気だよ」
「ふふ。………あー、楽しかったなあ…。ほんと、ありがとうございます。まさかみんなにお祝いしてもらえるなんて」


彼女は斜め上を見るようにして目を輝かせた。きっと先ほどまでの情景でも思い出しているのだろう。早朝からハルヒトさんが飾り付けた部屋で、同じく朝から廻くんが張り切って作った料理を囲んで開かれた、彼女の誕生日パーティーを。


そのとき、彼女は「あ」と小さく声をあげるとポケットに手を入れた。さっと取り出された携帯電話を開いて、画面を見て、ふ、と柔らかく笑う。

さっきまで散々楽しそうにしていたエミさん。カケルさんが仕事でいないっていうのに。彼女は終始笑顔だった。

だけど、こんな顔、しなかった。


「…出かけるの?」
「え?あ、……はい。このあとは、カケルさんと…」
「そうなんだ…まぁ、楽しんできて」
「もちろん!」


午前中よりも少し丁寧にメイクされた顔をくしゃっと崩して、彼女はそれまで見た中で一番の笑顔を見せた。その様子じゃ100%、俺の声が詰まったことになんて気付いてないんだろうね。


じゃあね、と俺は部屋の中に身体を滑り込ませる。かちゃり、と扉を閉じると、目の前には書類の散らかった部屋。

カーテンを引いたままの部屋は少し薄暗くて、時々風が揺らした隙間から外の光が優しく入り込んで来る。
その度に棚に置かれた桃色の小さな包みが、彩度の低い部屋で不格好に存在を主張した。

中身を思い出すと胸のうちは苦くなる。何をあげたらいいかなんて、考えれば考えるほどわからなくなってしまった、結末がこれだ。
女性にプレゼントって、別に初めてなわけでもない。女なんてモノをあげて少し笑って、それから喜びそうな口上を二つ三つ。それだけでみんな目を潤ませて喜んでくれたから。なんて分かりやすいんだろうって、今まで信じて疑わなかった。

だけど。

恐らくそんなものをあげたところでエミさんを困らせるだけだろう。カケルさんと揉める気だってさらさらないし。
結局あの中には、こども騙しみたいなものしか入っていない。それでもきっとエミさんは笑ってくれる。その笑顔が見たいがために用意した、とはいえ。

カケルさんのことだ。このあとは抜かりなくエミさんを祝う準備ができているだろう。彼女の最高の笑顔は多分あの人のものだ。

(…バカだな。そんなの、プレゼントの中身がどうとか、そんな問題じゃないじゃないか)


サアっと強く風が吹き込んで床に散らばった書類が舞った。

渡せないプレゼントは息を潜めてその場から動かない。


今宵も、また
(このさきもずっと)


 


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