風が秋を連れてきた。肌を触れるその温度が少しひんやりとしたことで気付く。カーテンが少し揺れて空気は動き、さわやかに私たちを通り抜けた。まさに秋晴れの休日、柔らかい日射しがソファに並ぶ二人をそっと包んでくれているようで。心地よさはきっと最上級だ。
「………」
肩に感じる重みが少しずつ増していく。触れた部分が、これがまたほっとするあたたかさで。大切なひとの身体のぬくもりは、服を間に挟んでいても変わらず愛おしい。そんな事を思いつつ、隣で脱力している遼一さんの静かな呼吸を、その体勢が崩れることがないようそっと伺った。
(よく寝てるなあ……)
私に寄りかかったまま眠る遼一さんの寝顔に、捕われたように目が離せなくなった。長い睫毛のせいか、それとも徹夜の疲れのためか。心なしか沈んだ色を落とす頬に、それまでなんとなくぱらぱらと雑誌をめくっていた手が止まった。
休みなんだろ、と急に呼び出された私を出迎えてくれた遼一さんの顔を一目見て、原稿明けだと気付いた。大丈夫ですか、と言ったところできっと、この人は「お前俺のこと誰だと思ってんのよ?」なんて嘯くにすぎないだろう。お疲れさまです、とだけ伝えた私は促されるまま引き寄せられて、されるがまま腕の中におさまって、言われるがまま顔を上げた。吸い寄せられるように目線をあわせれば、少しずつ影は重なっていく。軽く触れた唇から、煙草の香りがした。
「…片付けますよ?その間だけでも少し休んで、」
「お前、野暮なこと言うなよな」
「でも、」
「でももへったくれもないだろ」
「…ご飯だってまともに食べて、わっ」
鎖骨にぬるっとした感覚が滑る。背中から降りた手が楽しそうに私の身体で遊び出す。
「も、もう!変なとこ舐めないでくださいってば」
「感じちゃうから?」
「ち、ちが……」
「ふうん、確認してみてもいいけどな」
「ま、まだお昼前ですから…っ」
「……へえ、何。じゃあ………まあいいか」
時間はたっぷりあるんだから、と意味深なことを呟きながら、遼一さんは私を解放して、ソファに身を投げるように座り込む。それから簡単なものでお腹を落ち着かせてから、そのままのんびりと身を寄せあうように座り、たわいもない話をし笑いあいつつ、やっと手に入れた念願のタブレットPCをつついたり、雑誌を眺めたり。いつの間にか穏やかに流れた時間は過ぎ、そして気がつけば、遼一さんは静かな寝息をたて始めていた。
(やっぱり疲れてるんじゃない…)
空気の音すら聞こえそうなほど部屋の中が落ち着いた。都会の騒がしさも、さすがにこの部屋までは届かない。ページをめくる度にぱらり、と鳴る雑誌の音ですら、遼一さんの休息の邪魔になりそうで、結局私は雑誌を閉じた。動かないように息をひそめたまま、ゆるい息づかいを観察する。
(ふふ。なんかかわいい)
安心しきった寝顔にそんなことを思って口元が緩んだときだった。
「何にやにやしてるんだよ」
「え」
「人の寝顔見てニヤつくなんて、やらしーやつ」
「そ、そそそそんなつもりじゃ」
肩にかかっていた重みが一気に増して、いつから起きていたんですか、と慌てる私の身体はずるずると傾いていく。
「何よ、じゃあどういうつもりだったんだよ」
「つ、疲れてるんだな、って」
「おー、わかってんじゃない。だから今日はお前がしろよ」
「え、……は?」
「イロイロ、片付けてくれるんだろ?」
「片付け、ってそれは部屋の話で!」
「あーあー、うるさい。ほら、好きなだけ俺のこと見れば?」
ぐいっと身体が入れ替わり、見下ろされていたはずの私は見下ろす側になっている。逃げ出したくても、しっかりと腰ごと掴まれてその場から動くことは出来そうにない。
「…疲れてるなら寝ればいいのに」
「いいんだよ。エミいじくってる方があっちこっち元気になるだろ」
「なんでいちいち卑猥なんですか…」
「今からやらしーことするから」
にやり、と笑った顔は悔しくなるくらい色っぽくて美しくて艶やかで。
ギブアップ(熱を帯びていく身体を委ねた)