etc | ナノ

願う。
小さくて、でも叶わないことを。
一度くらいは、と願う。






教室の左前にかかる時計を見た。
12時5分。授業は10分まで。残り、あと5分。
この5分をこんなに早く過ぎて欲しくて、でもできるだけゆっくり過ぎてほしいだなんて複雑なことを思ったのは初めてだ。
どきどきと昂る心臓の音が周りの席の友人達に聞こえてるんじゃないかってくらいはっきりと自分の耳に聞こえて。
妙に視線をそわそわと周りに散らかす。誰も私の方を見ていないことを確認してほっとする。
…こんなことをさっきからもう、何回繰り返しているのだろう。

ポケットの中の携帯が震えていないことに意識を向けながら、廊下の先で怒声が聞こえないか耳を澄ませる。




『同じ学校だったらお弁当も一緒に食べられるのにね』

何気なく言った私の一言に、にやっと健人くんが笑ったのが3日前

『その願い、叶えてやるよ』

そのあとに落とされたその一言に私は初め吹き出した。

『信じてねーだろー。…まあ、…そうだな。木曜日。昼に…どこか2人きりになれるとこ、あるか?見つかりそうにないとこ』

『え……』

『さらいにいってやるよ。エミお姫様』

そう言って彼は私の右手を取り、その甲に口づけた。
思い出すと、それだけでキスされた甲が熱くなるようで、私は左手で右手を覆った。

言われてから私が休憩時間の度に校内を歩き回って探した、密会スポット。


体育倉庫
視聴覚室
茶道室
武道館の3階
立ち入り禁止の屋上

それらを告げて、その中から健人くんが選んだのは屋上だった。

鍵が壊れているだなんて、今回の探索で初めて知った。見つからないように侵入出来るルートを一緒に考えて作戦を練る。

…悪いことをしているのはわかっている。それでもどちらもやめようとは言い出さない。

今頃彼はどこへ忍び込んでいるだろう。だれにも見つかっていないだろうか。

(ああもう、心臓に悪い………!)

はあ、と小さく溜息と一緒に胸につかえた空気を吐き出したところで、授業終了のチャイムが鳴った。

「あれ?エミ、どこ行くの?」

お弁当が二つ入った鞄を持って席を立ったところでナカムーに呼び止められる。いくら大の仲良しとはいえ、今日のことは絶対秘密。
なんとかやり過ごして、誰にも見つからないように屋上へと続く階段の前に立つ。
廊下を見渡して、誰もいないことを確認して。足音を立てないようにつま先で階段をのぼった。

(健人くん、本当にいるのかな……)

廊下の喧噪が少しずつ遠くなる。反対に誰も踏み入れることのないホコリっぽい空気の匂いが強くなっていった。

かちゃ、と、そっと回したドアノブは、音をたてないようにと気をつけているのにやたらに大きいような気がして背筋がびくっと縮こまった。ギッと一瞬金属の擦れる音がして、これ以上広くこの扉を開けるのは得策ではないと一瞬の判断を下す。最低限の隙間に身体を滑り込ませて、私は外の空気を吸った。

「……はあ………」

あたりをばっと見渡して、誰もいないことを確認して、なんだかほっとしたような、残念なような、複雑な気分。

(…やっぱり、無理だよね……)

女子校に、それも真っ昼間に乗り込むなんて。

「なーにが無理なんだよ」
「ひゃ!」

後ろから羽交い締めにされて、一瞬で動きを封じられる。ふわっと漂う、覚えのある香り。
振り向くことすらできないくらいがっちりと後ろから抱きすくめられていても、今誰の腕の中にいるのかはすぐにわかった。

「た、健人くん、来れたの?!」
「ハハッ。俺に不可能はねー」

自慢げに笑ったあと、抱きしめる腕に力が込められた。ぎゅっという拘束間の中、そっと耳元に移動する彼の吐息に胸が飛び出しそうになる。

「待ちくたびれた」
「え、な、何時から…!」

言いかけた私の顔を強引に振り向かせて、健人くんは唇を強引に重ねて言葉を奪い取る。

「…声でけーよ。授業中のが人目がないと思って4限サボった」
「あ、…そか……」

やっと腕から解放されて、屋上の風で乱れた髪を慌てて整えた。

「さすが女子校。立ち入り禁止って言われてるとこには誰も入んねーんのな」

にや、と笑いながら健人くんは場所を変える。入り口からは死角で、かつそこからは入り口がよく見える場所見つけといた、とか言いながら私の手を引いてくれる。

「…危なくなかった?」
「…んー?まあ…でもお姫様さらうためだし」
「…何それ…」
「俺にとってエミはクラリスなの」
「…ふじこちゃんじゃないんだ」
「あー、そっか、クラリスだと最後は結ばれねーんだっけ…」

じゃーなんだろ…、と再び首を傾げる健人くんが何となく可愛くて抱きしめたくて、握る拳に力を込めた。

「…ありがと。さらいにきてくれて」
「…おーよ」
「お礼…ではないですが、これどうぞ」

鞄から取り出したお弁当。自分のより2回りは大きいお弁当箱を差し出す。

「おー!愛妻弁当!!」

嬉しそうに受け取ってくれた健人くんに、ほっとした。平日の昼間に、制服で2人でお弁当を食べられるなんて。

こんなことのために、こんな危険を冒して逢い引きする私たちは、きっとどこかおかしいのかも知れない。…狂わされている。きっと私も、健人くんも。お互いを想うこの気持ちに。

「な、弁当食い終わったら、膝枕な?」
「は?!」
「は?じゃねーよ。いーじゃん。ごほーび」
「ご、ご褒美って…!」
「さらいにきた、ごほーび」
「………」

隣に座る健人くんのブレザーの襟を掴んで引き寄せた。
え?と一瞬困惑気味の健人くんのことは、目を瞑って視界から追いやった。

「!」

無理矢理近づけた彼の唇に一瞬の口づけを。

「…な、エミ…?!」
「ご、ご褒美!」

目の前の彼の姿に、一瞬にして自分のした行為がフラッシュバックされて一気に恥ずかしさが前面へと押し出される。

(…私、顔真っ赤だ…)

「……ふーん……そういうことしちゃうわけ?へー」

イタズラっぽい健人くんと視線が絡み合った。

「…さ、早く弁当食おーぜ。……そのあと、おれからもご褒美のごほーびやるよ」

にやにやと笑う健人くん。いらない、と言いかけたまま言葉を飲み込んでしまう私。

狂わされた私はきっと、彼からのそれを望んでる。彼はそれに気付いている。

昂る心臓はもう止められない。もう多分このあとの授業なんて頭に入らない。


長い長い、自主休講は
……まだ、始まったばかり。







end



 


back
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -