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「あれ…おかしいな……」
「んあ?」

ギュリッ、ギュムッ、という特有の擦れる音が部屋に響く。

「うーん……むずかしい……」
「お前はさっきから何をしてんねん」
「えー?」

捜査も一息ついた日の夜。誘い合うわけでもなかったけれど、私はこうして当たり前のように天王寺さんの部屋にいた。

「見てわからんものは聞いても…」
「見たらわかるわ!」
「じゃあなんで何してんねん、なんて言うんですか」

不平を述べながら、私の視線はひたすらに自分の手元。天王寺さんの口調から、悪態をついているとはいえ、きっとたいして怒っていることはないと踏んで、作業に集中することに決め込む。

「ここを…ねじって……」

ぎゅぎゅっと音がして、手の中の緊張が増した。その瞬間、ぱん!と空気がはじける音が部屋に響く。

「うわ!!」
「ぶッ!」

天王寺さんは飲んでいた缶ビールをわざとらしくむせこんで驚いている。

「あああ割れちゃった…」
「お前は!心臓に悪いやろ!…ほんま、なんでいきなり風船やねん!」
「えー?だって今週末、イベントあるじゃないですか。忘れてます?」
「イベントって…ああ、子供向けのやつか」
「そうそう」
「それと風船となんの関係が…」
「風船じゃなくて、バルーンアートって言うんですよーだ」

気を取り直して袋の中からもう一本、細長いネズミのしっぽのような黄色の風船を取り出して、ぐいんぐいんと引き伸ばした。

「うーん…柔らかくするのが足りないのかなあ…」
「ん?」

なんだかんだ言いつつも私のしていることが気になるのか、天王寺さんの視線も私の手元だ。

「なんかね、形作るのもだけど、しっかり伸ばしてゴムを柔らかくしないと、空気入れるのも結構大変なんですよ、これ」
「ほー」

こんなもんかな、とつぶやきつつ、空気入れを差し込んでしゅこしゅこと風船を膨らませる。ショッピングモールなんかでよく見かける細長い風船が姿を現した。

「で、なんでお前がそのバルーンなんとやらを練習してんねん」
「バルーンアートですってば。そんな難しい単語じゃないでしょ…」
「やかましいわ!」
「…子供たちに、ちょっとしたサプライズですよ」

事件を抱えていてはこんなことはできないけれど、ちょうど解決したばかり。他に仕事がないわけではない。とはいえ、他の婦警さんたちが考えた企画だ。手伝って、と言われればのらないわけにはいかない。

(っていっても、週末まで何にも起こらないなんて保証はないんだけどね…)

いまいち納得しきれていない様子の天王寺さんが2本目の缶を開けるのを眺めながら、久々ののんびりした夜を実感する。

「ほら、子供って風船好きじゃないですか」
「そうか?」
「スーパーとかで嬉しそうに風船もらってるでしょう?せっかくなら来てくれた子たちが、楽しかったなって思ってくれたら、それが一番じゃないですか」
「まあ、それもそうやな…。で、お前は今何作ってるん?」
「黄色い風船ですよ?」
「わかるかいな!」
「真実はいつもひとつ!」
「あいにく俺は刑事で、名探偵ちゃうねん」
「あははは」

ノリのよい切り返しに頬が緩んだ。こういう時間が好きだな、と心があたたかくなる。

「天王寺さんの好きな、ね……トラの、」
「おお!」
「…目が輝いてますねー。豊くんは、将来何になりたいのかなー?」

いたずらっぽく笑いながら覗き込むと、あほか!と私を小突いて天王寺さんはくしゃっと笑った。それを見届けて、手元に視線を戻す。作り方と風船とを何度も交互に見比べてはねじってみたりくぐらせてみたり。四苦八苦してはみるものの…。

「あああ、だめだ!」

書いてある通りにねじってみても、他の部分をねじり始めるとすぐに風船は元の形に戻ってしまう。

「…むずかしい…。大道芸人の人とか簡単にやってるから、私にもできると思ってたのに…」
「お前、不器用やもんな……」
「え、そんなことないでしょ」
「そうか…?」
「家庭科も図工も得意なほうでしたよ?」
「…他が壊滅的やったんちゃうやろな。お前あれやろ、得意科目聞かれたら、給食の時間です!ってタイプやろ?」
「…………」

じろっと、睨みつけながら、手持無沙汰に手の中の風船をぐにぐにと握る。
空気が移動した細長い風船は、猫じゃらしのように私の手の中でうごめいた。

「………おい、エミ」
「ん?」
「…お前、なんかそれ卑猥やで…」
「はあ?!」
「その手の動きとか…風船の太さとかな…」
「ちょ、なに頬赤くしてるんですか!変態!」
「子供の前でそれいじるのはあかんやろ、警察として」
「いや、そんな想像するの天王寺さんだけ…いや、きょ、京橋さんもか…?」
「あいつと一緒にすんな!」

いつの間にか目の前に迫っていた天王寺さんの身体がぐらりと位置を変える。視界が回って、気が付けば私はソファに沈んでいた。

「……器用なんやったら、俺のもええ具合にしてもらおか」
「な、何言ってるんですか!」
「エミの手つきがエロいからあかんのやろ」
「だから、そんなの天王寺さんしか思わないって……んっ……」




膨らんでいく。
(はじけそうな想いは募る)

 


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