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朝から空模様は怪しかった。カバンに傘を忍ばせてはいたけれど、捜査中にそんなものを堂々とさせるほど、今回の事件はお気楽ではない。相変わらずペアを組んだ桐沢さんと私は、相手に気づかれることのないように、どんよりした空気に紛れ、どしゃぶりの雨に打たれていた。

「…ち、気づかれたな」
「追いますか?」
「…いや」
「………」
「そんな不満そうな顔するなよ」

桐沢さんは困ったように眉を下げて笑った。

「今日の天気じゃこっちが不利だ。人数も足りないしな」
「………」

足手まどいにはなりたくないのに。優秀な部下だと思われたいのに。こんなふうに言われたら、私じゃ役不足だと思われているようでやりきれない。しかしそれを否定するには、私はまだまだ経験も知識も、能力は全て足りていない。それくらいはわかっている。

「まあ、焦るな。な?」
「別に、逮捕に飢えてなんてないですよ」
「ははは、本当にお前は肉食だなあ」
「…使い方、間違ってますから」

まあまあ、と低い声でなだめられ、頭の上にぶあつい手のひらが乗せられる。ごつごつした感触の記憶が、濡れた髪の上からよみがえった。

走馬灯がどれくらい速く映像を流すかなんて知らないけれど、私の中を駆け巡ったのは、いつかの甘酸っぱい二人の空気で。雨に濡れて崩れた髪型は、プライベートなあの時間を色濃く連想させる。踏み込むことはもう、許されないのだけれど。

鼻と喉の奥がつんと痛くなってきた。

私は大人なんだ。そして相手はもっと大人なんだ。

この気持ちを抑えなければいけないことはわかっている。状況はさして変わらない。こんなことになる前だって、押し込めようとしてきたし、自分の気持ちに気づかないように仕向けてきたのだから。

「……そんな顔で見るなよ」

桐沢さんの笑顔が歪んだように見えた。

頭にのせられた手が、ぐしゃぐしゃに濡れた髪をしずくと一緒につたい降りて頬を掠めて、そしてすぐに離れていく。


『いつか上司と部下じゃなくなったら』

あの一言が、甘くも苦くも私の胸を味つける。体のいい振り文句にも聞こえなくもない。それでもどこかですがってしまう。これがこの人の本音なのだ、と。いつか本当にその日がくれば、私たちは素直に向き合えるのだと、信じなければ冷静になんてなれそうもない。

視線が絡み合ったまま、どれくらい時が過ぎただろう。

記憶の中のキスを、抱擁を思い出して甘さに浸るしか手段を持たない私たちは、こんなに近くにいるのに、遠い。



まぼろし
(ぬくもりも、においも、感触も)


 


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