SP小説 | ナノ
玄関で「いってらっしゃい」を言う時は、激務に向かう相手にできるだけ気持ちよく出勤してもらって、一日を今日も意欲的に、充実して過ごしてもらえるように。そして何よりも、無事に帰ってきてもらえるように。そんな想いを込めて、私は笑顔でいてあげたい。

「いってらっしゃい、透さん」
「いってきます」

今日は少し遅くなるかもしれないから、先に休んでいてくださいね。と、
少し気遣うような笑みをたたえて、透さんはきれいに磨かれた、けれど少しくたびれた革靴を履いて振り返った。

「…でも、夕食は家で食べたいから…」
「はい、おいしいもの作っておきますから」
「あー、今から楽しみで…気が付いたら夜になってたらいいのに。記憶だけは仕事したー、って疲労感とかもあって…」
「ふふ…」
「ヤバイ、昨日石神さんより早く出勤しますからね!って宣言したんだった」
「じゃあ急がないと!」

一緒にいる時間が増えるほど、飽きたらずにさらに隣にいたいと思う。離れていた時間が長かったせいもあるだろうけれど、果たしてそれだけだろうか。

(…無事帰ってきてください、今日もなにごともありませんように)

ドアに手をかけた彼の背中を見つめながら思うのは毎朝、同じこと。きっとこれからもずっと続くだろう。

「行ってきます、奥さん」
「いってらっしゃい」

不安やさみしさや激励や、いろんな感情が混ざった複雑な気持ちは呑み込んで、今日一番の笑顔が私からの最強のエールになる。奮い立たせるように明るく彼に笑いかけた。

「……大丈夫ですよ」
「わ……っ」

少しだけ開きかけていたドアは再び閉じていて、ひらひらと小さく振っていた手のひらごと、私の身体は彼の胸の中。

「今日も無事、ここに帰ってきますから」
「……透さん……」

顔に出やすいんだよってSPのみんなにも石神さんにも後藤さんにも言われたことがある。透さんにもたいてい、思っていることは気づかれてしまっているけれど。

「…こうやって、待ってくれている人がいるって思うと、今日も一日がんばろうって思えるから」

包みこんでくれる透さんの優しさに、結局今日も私が勇気をもらっているわけで。

「なかなか、大きな港にはなれないなァ……」
「そんなことないですよ」

そう言いながら、ちゅっと軽いキス。

「帰って早く抱きしめたいな〜キスしたいな〜それ以上のこともしたいな〜って思うのが男の一番の原動力ですから!」
「と、透さん!」
「ハハッ。じゃあ、今度こそ行ってきます。できるだけ早く帰りますから。…それ以上のことする時間作るためにも」
「………!もうっ!………いってらっしゃい」

たわいのない会話のあと、今度こそ旦那さんは扉の向こうへ。

「……もう、朝から………」

呆れた、と言葉とともにこぼれたのは、幸せに満ちたあたたかい感情で。
なんだかとても清々しい胸のうち。

(私の方が元気もらっちゃったみたい……)

さあ、今日も1日がはじまる。



いってらっしゃい。



 


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