「あ」
「え?」
「……」
「どうしたんですか?」
「………」
ちらっと、横目で見られてーー…いや。睨まれて。
「黙ったままじゃわからないじゃないですか」
「……」
「そらさん!」
「……いや、………」
「そらさーん。……おーい」
少しふてくされてる。わかりやすい感じで。
もう一度、肘おきに立てた腕で頬杖をついて通路の向こう側に視線を泳がせたそらさんの顔をのぞきこみながら、大好きな名前を呼んだ。
「…見とれてなかった?」
「へ?」
「エミちゃん、見とれなかった?」
「誰に?」
「……今横通った車掌さん」
「車掌さんを?」
夜の新幹線の窓の向こうは真っ暗で、一体どれくらいのスピードで私たちは移動しているのか。時々流れる遠くの光はゆっくりと後ろに消えていくから、速さの感覚はまるで現実味がない。ごおっと鳴り続く、まるで空気を切り裂くような列車の音がうるさくて、小さく呟かれた彼の言葉はかき消されてしまいそう。
「…イケメンだったよね。ガタイも良かったし」
「…イケメンでしたか?車掌さんが?」
噛み合わない会話に、またまた、と、ちょっと笑いながら、そらさんはまだ少し膨れっ面だ。
「顔なんて見てないからわかんないです」
「すげー背も高かったし」
「座ってるからそう見えただけじゃないですか?」
だいたい、私が見ていたのはドアの上に流れる電光板のニュースですよ、と伝えると、そらさんは今日一番に唇を尖らせた。
「くっそ…」
「信じてくれないんですか?」
「……悔しいじゃん」
オレばっかり、エミちゃんのこと好きみたいじゃん、これじゃ。
耳の回りではねる明るい髪を弄ぶのは、彼の照れ隠しの癖だって、長く一緒にいるうちにわかりはじめた。
「そんなこと、ないですよ?」
「いや、まあ…そうでないと、へこむけど。ホントに?」
「ハイ」
「……聞きたいなー…」
「……ちょっと言葉でちゃんと伝えるのは、ほら、他にお客さんたくさんいるし、ね?」
「みんな自分の世界だし、聞いてないっしょ」
うるさいし、と付け加えたそらさんの顔は、もういつも通りだ。
いや、いつも通りというより、ちょっと企み顔。
形勢逆転というか、なんなのか。仕返し、とまではいかないにしても、多分これは、きっとそういうつもりだと思う。これも、長く一緒にいる時間の賜物。
「…言いませんからね」
「やっぱりやましいんでしょ」
「なんでそうなるんですか!」
「他のオトコに見とれてたから」
「見とれてません!」
「どーかなー、イケメンだったしなー」
「もう!そらさん相手にしか、見とれたりなんてしません!」
売り言葉に買い言葉みたいに、言い切った私の隣で、そらさんの動きは止まる。
「……」
「………」
「いや……ちょ、ごめ」
「何、今度は……」
「いや、自分で言わせておいてなんだけど、やっぱすげー破壊力……」
遊ばれる毛先の隙間から見え隠れする耳は真っ赤。
「かなわないなあ……もー…」
座り心地の良い少し固めの座席に体重をかけてもたれながら、そらさんは大きく深呼吸をした。
「惚れたオレの負けだわ」
「……だったら二人ともあいこですから」
「また、そういうこと言う」
「……ちゃんと言いますよ。旅館に着いたら」
「……言うだけじゃなくて、態度でも教えて?」
「………」
「またそんな目で見るー!いいじゃん、オレ誕生日なんだし!」
電光板が、目的地まであと数分であることを告げる。
「特別ですよ?」
「おっ」
「……誕生日、ですから、ね」
「うんうん!」
笑顔で満足そうに頷いたそらさんを見て、うまくのせられたことなんてどうでも良くなった。むしろ、素直に気持ちを伝えられたら良いって思えて、それでこの人があたたかい気持ちになれたのなら私も幸せだなあなんて。
幸せぼけしてるかも……
「え?」
「なんにも」
「ねえねえ、オレら幸せっぽいよねー」
新幹線は少しずつスピードを緩め始める。
目的地はすぐそこ。
HAPPY BIRTHDAY to YOU(思わずはにかんでしまうくらい、私がしあわせをもらってる、今日もいつもどおり)