SP小説 | ナノ
「いらっしゃい!」

“官邸に来たついで”にSPルームを訪れた私に、桂木班のみんなはいつもあたたかい。今日だってそう。激務を感じさせない笑顔で私を部屋に迎え入れてくれる。

「こんにちは」
「おうエミ、いいところに来たな」
「昴さんがファンクラブの婦警さんから差し入れのアイス、たくさんもらってきてくれたんですよ」
「一緒に食べよーよ」
「どれがいいですか?色々ありますよ。バニラにイチゴにラムレーズンに…」

賑やかで柔らかな空気に、扉を開けるまでの緊張は一瞬で和らいでいった。

ドアノブに手をかける瞬間の後ろめたさは毎度のこと。このドアの向こうで待つ彼は受け入れてくれるだろうか。今日は笑ってくれるだろうか。見透かされたらどうしよう。糸を張りつめた職場で働く彼に、「会いたい」だなんて一方的で浮ついた気持ちを。
……そんなことを考えると、拒絶されたことはなく毎回好意的に受け入れてもらえている身とはいえども、どうしたって心臓はきつくきつく縮こまるのだ。

「今日はどうしたの?総理から呼び出し?」
「あ、はい。来週の外遊のことで」
「お前もついていくんだろ?」

にこにこと分かりやすい人懐っこさで話しかけてくれるそらさん。その後ろで窓に寄りかかったままの海司の口ぶりは穏やかだ。遠い記憶の彼とは違う、低くなった声に胸はぎゅっと固くなる。

「う、うん」
「お前も行くって言うから、俺まで警護に駆り出されたんだぞ」
「え」

なんだよ、まだ聞いてないのかよ。と、海司は腕を組み直した。
多分、怒ってるわけじゃないと思う。ただぶっきらぼうなだけだ。それでも、咄嗟に「ごめんね」と返してしまうのはきっと、絶対に嫌われたくない、と思う臆病さから。

好きなんだ、なんて意識しなかった時は簡単に叩けていた軽口も、今となってはもう、同じ唇なのかと思うほど重たくって。一言を発するまでに何度あいうえおが頭の中を駆け巡るのだろう。

「海司。お前、何恩着せがましいこと言ってるんだ」
「だって昴さん、本当のことじゃないっすか。今回は俺と昴さんは居残り組で」
「俺はむしろ願ったりだけどな。変わりに日本でポマード臭いおっさんの警護するより、エミの近くにいる方が何倍も…」

つま先から頭のてっぺんまで私をなめ回すように見てからにやり、と笑う昴さんの視線に、どう返していいか分からなくて仕方なくハハ、と薄く笑みを返したけれど。

次の一呼吸で、昴さんの姿は黒いものに遮られて見えなくなった。

「何やらしー目で見てンすか。警護対象でしょ」
「…!」

私の姿を隠すように立ちはだかった背中は、昔から追いかけてきたものよりずっと大きくなっていて、私たちの間に流れる空白の期間の長さを感じさせる。
鼻先が彼の背中をくすぐるほど近くて、カッと身体の芯が一瞬で熱を持った。と同時に、警護対象、という当たり前の響きがちくんと突き刺さり小さく唇を噛む。

「自由時間まで警護対象として見る必要もないだろ?なあ、エミ。俺がとっておきのうまいもんを…」
「そんなことしたらこいつがますます太るでしょうが」
「…海司くんは素直じゃないねえ」
「な、何言ってンすか、そらさん!」
「オトナになれってことだろ」
「ンなっ!」

昴さんが鼻で笑いながら付け足して、海司は言葉にならない声を出した。

先輩達にかわいがられている海司の背中を見上げれば、耳たぶからうなじまで分かりやすく真っ赤で。今いったいどんな顔をしているんだろう、なんて覗き込みたくなる。自分の気持ちに気付かなかった時は、私も一緒になって海司をからかって笑ったりしていたのに。

…大人になりきれていないのは私も一緒だ…。

スマートにこの想いを伝えることが出来たなら何かが変わるかもしれないのに。言えないならば言えないなりに、不安定なこの感情をうまくコントロールできたらいいのに。
2人の間の空白が長過ぎて、自然に寄りそうには少し難しい。つかず離れずのこの不安定さを壊すのには大きなエネルギーが必要になってしまった。失った、という経験はほろ苦くて、再びこの関係を喪失してしまえばもう私は立ち直れないだろう。それはきっと、海司も一緒。

握られた手の中のカップの縁から少しずつダレはじめる、溶けたアイスクリームのように、いくら願っても元通りには巻き戻せない。

「エミさん?溶けちゃうよ?」

促されてようやく、やわらかくなったラムレーズンアイスクリームを一匙口へ運ぶ。

ほろ苦く甘い。
口腔に広がるアルコールのとんだラムの香りはまるで今の私たちのようで。


大人になりきれない私たちは、

今日も距離を測り損ねてためいきを吐く。


 


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