いつもより暗い夜道。あとせめて1時間早くここを通っていたならば、きらきらと灯りが揺れていただろうけれど。この時間ではこの辺りはもう寝息が聞こえてきそうである。この眠らない東京とはいえども。
「………はあ」
少し重たい空気の車内で、海司は遠慮気味に息を吐いた。
「お疲れさま」
「ああ……いや、別に疲れてねーし」
「そう?」
信号で停まるタクシーの中の世界はわずかに赤く染まる。少し不機嫌そうな海司もうっすらと赤みを帯びていた。
「みんな楽しそうだったね。盛り上がったし…」
「あいつらみんな、ただ呑むための理由があればいいんだよ」
案の定、予想できそうな答えが返ってきた。
海司の誕生日であった今日、外食しよう、と密かに約束をしていた私が官邸に向かうと、連れていかれたのは予約していたレストランではなく居酒屋だった。
まわりには見慣れた桂木班の面々。
何を言って脱走しようとしても、あのメンバーを前に海司ごときが敵うはずがない。何度か抵抗を見せたものの結局丸め込まれた海司(と私)は、そのまま彼らの賑やかな音頭でジョッキを傾けることになったわけで。
「…そんなことないでしょ。酔っぱらってもみんな、海司におめでとうって言ってたじゃない」
「まあそれは、………いや、でも、だな」
海司が泳がせていた目線を私に戻す。
「…本当にお祝いしてくれるなら、せめてもう少し早く…」
それから一瞬視線が絡むと、海司の目線は窓の外へ。
「…せっかく……今夜仕事じゃなかったんだし」
少し言い辛そうに呟いた海司の言葉が静かに走り出すタクシーのエンジンの音に溶けた。
「…………」
所々灯る街灯のおかげで僅かに分かる海司の横顔は未だほんのり薄紅色で、私は胸がぎゅっと締め付けられた。
なにコレ。かわいいんですけど、海司のくせに。
このひとに愛されていると自惚れている私が予想できる彼の言葉の裏が。その少しむすっとした横顔と相まってより愛くるしい。緩む口元を悟られないように鼻下を掻くフリをして手で隠した。
「何にやついてんだよ」
「え、にやついてなんか」
「エミ、そうやる時っていつもにやにやしてる時だろ」
そう言うと海司は私の真似をした。
「…ったくお前、分かりやすいんだよ」
海司に言われたくないんですけど、と思いつつ、その言葉はかろうじて飲み込んだ。その後も海司は不満がおさまらないのか口を尖らせている。そんな海司がようやく、振り切るように大きく深呼吸をした。
「あー、……まあいい…ってことにするか」
「どうしたの?急に」
「…いや、だってさ」
「うん」
「……だって、誕生日なんて」
「うん」
「……………」
「何?」
「いや、……来年だって誕生日はあるし」
「うん」
「お、おう。ま、毎年あるよな」
「ね。あ、ケーキ。来年は私がちゃんと作るからね。今年は時間なくて買っちゃったけど」
「…………」
「あ、でも毎年新しいケーキ屋さん開拓も捨て難いかも…」
「………」
「ね、海司。美味しいケーキ屋さんって知ってる?」
海司を振り返りながら尋ねると、彼の口からは盛大な溜息が溢れた。
「お前さ」
「え?」
「……分かってないんだな」
「何が」
そう言うと海司は膝の上の私の手に自分の手の平を重ねた。
「俺の誕生日。来年もその次も、ずっと祝うってことは」
「うん」
「……ずっと祝うってことは」
重ねられた手のひらは私の手を包む。ぎゅっと力が込められた。
「ずっと一緒にいるってことだぞ」
「うん」
「……じいさんとばあさんになっても、ずっとってことだぞ」
「うん………あ」
そこまで言われてようやく彼の言いたい意味がわかった。
「なんで黙るんだよ」
「いや、黙ってるわけじゃ」
「……まあ」
そういうことだから、ヨロシク。と海司は私を見ながらもう一度手に力を込めた。海司の瞳が優しく揺れる。
フォーエバー・ウィズユー(何回でも言うよ、「おめでとう」)