SP小説 | ナノ
「こんにち、はー……」
「あー!エミちゃん!」
「いらっしゃい、エミさん」
「こんにちは」
「おー、エミ、どうしたんだよ、そんなとこで固まってないで中、入ればいいだろ?」
「え?あ、う、うん」

中途半端に開けたドアから覗き込んだままの私に声をかける海司に、曖昧な返事を返した。

「どうしたの?総理に呼ばれてたっけ?」
「いえ、……今日はアポなしです」
「…もう少ししたらちょっと時間できるかもよ?ここでお茶でも飲んで待ってたらいいんじゃない?」

そらさんと瑞貴さんの言葉にも、ああ、とかハイ、とか。
それからそうっと自分の背後に目配せをすると、
…私のそれまでのこの行動はなんだったのかというほど、勢いよく扉は開け放たれた。

「みなさま、ごきげんよう!」

凍り付いたその場の空気なんておかまいなしで、彼女は続ける。

「今日はみなさんに、オファーに参りましたの!」
「あ、あの小杉先輩、ここ、官邸なんでもう少しトーン落とし…」
「ガッデム!!」
「うひゃ!」

先輩の切り返しの勢いは相変わらず凄まじくて。私はもうこの人と出会って3年のつきあいになるというのに、未だに慣れない。

「おいエミ、大丈夫か…?」
「う、うん。ごめん、驚いて…」
「…腰抜かすだけで済んだ方がすごいぜ…俺がお前だったら心臓止まってるかも…」

へたり込んだ私の腕を引っ張りながら、そっと海司が囁いた。

「オーマイガ!!!」
「いちいちリアクションの大きな人ですね」
「…性能みたいなもんだろ…」
「なぜここにケビンと王子がいないの!!」
「班長と昴さんなら仕事中だよ。って、俺らだって今まだ勤務時間内なんだけど」
「シャラーップ!」
「………」
「今日ワタクシがここに来たのは、あなたがたにお願いをしにきたのです!」
「…だったらもうちょっと謙虚に登場しろよ…」
「シッ海司!」

もが!っと海司の口を塞いで、言葉を飲み込ませた。彼の言い分はもっともだけれど、ここで突っ込んだら話が前に進まない。

「…小杉さん、お話ってなんですか?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」

ギラッ!!

「出た!メガ…もが!」
「海司!お願いだから空気読んで!」
「モガッモガッ!」
「ふふふ……それはですね…」
「…溜めますねぇ」

肩を震わせながら不吉な笑みを浮かべていた先輩は、びしっと指を指しながら、空気を切り裂くような大声をあげた。

「次回の公演への出演オファーです!!」

その言葉の内容に、そらさん、瑞貴さん、海司がぽかーんとしている。まさにこの反応は、もう大学を出る前から分かってはいたことだけれど…。

(…うーん、…予想通りすぎる…)

「こ、公演って!マジ意味分かんないんですけど!」
「なんで僕達が?演劇部、部員たくさんいるんじゃないですか?」
「ええ!その通りですわ!…ただ、うちの優秀な部員達は、他の役で手一杯なのです!」
「マジ意味わかんねーよ」
「今回の舞台の演目を!さあ、エミちゃん!!」
「え?は、ハイ!」

まさかここで振られるとは思っておらず、咄嗟のことでたじろいだ私に、小杉先輩は鋭い視線を浴びさせる。

「え、えっと、『クイズ☆誰でもミリオネア』です…」
「…ミリ…って、完全パクリじゃねーか…警察の前でそれ言うってお前らほんと度胸あるな」
「パロディは立派な作品ジャンルですのよ!!」

海司の言葉に先輩が噛み付いて、すんませんね、と拗ねる海司。

「で?するしないは置いといて、一体どの役をやらせようとしてるわけ?」
「もちろん!解答者ですわ!!」
「げ!まじ意味わかんねー」
「…僕はアレだけど、こっちは素人だよ?そういう大事な役こそ小杉さんがしたらいいと思うけど?」

瑞貴さんの柔らかな抵抗のトゲにも先輩は気付くことがないのだろうか…。私は司会者役です!!と、再び眼鏡を光らせてからにやりと笑みを浮かべて、それから顔の前で両手を組んで顎をのせた。

「…ファイナルアンサー?」
「にのさんだ!今にのさんいなかった?!」
「…相変わらず演技力とその引き込む力はほんと、すごいですよね」
「って、自分が一番オイシイ役じゃねーか!」
「…海司、オイシイとこやりたいの?」

先輩の非凡な才能を垣間見たところで、ひたすら冷静な瑞貴さんが反撃を開始した。

「解答者って、ずっと台詞あるよね?」
「ええ、もちろんですわ!そしてそれ以外にテレフォンでの役もお願いしようと思ってますの!」
「…パクリだ、完全パクリだ!しかも若干時代遅れだぞ!」
「海司さんはちょっと黙っててください。…部員の人がそういう台詞のある役をした方がいいんじゃないの?」
「ノン!!」
「…なぜいきなりフランス語…」
「今回の舞台ではより臨場感を出すために、実際クイズを解いてもらうのです!何も知らないあなた方にゲストとして出てもらう方が、よりライブ感がでるというもの…!」
「あー!もう、根本的に意味わかんねーんだよ!だいたい部活だろ?部員でなんとかしろって」
「黙れ小僧!」
「ひっ!」


前回の舞台での『もののけ王子』の主要キャラを思い出させるドスの効いた声ですごまれ、とうとう海司は飛び上がった。…天下のSP、しかも桂木班の面々をここまでたじろがせるこの部長は一体何者なのか…。長いつきあいでも未だに謎なままだ。

「部員にはオーディエンスという大事な役があるのです!オーディエンスが自然な演技をしてこそ、この舞台が成り立つというもの!ここだけは譲れない!!」
「…譲れないって…いや、俺らの意見は…?」
「…そらさん、諦めてください…」
「うっ…エミちゃん…、そんなかわいい顔でお願いされたら、俺…」
「そらさんは女性で身を滅ぼすタイプですね」
「…………」

色んな意味で、凍り付いてしまったその場の空気を、もう私にはどうすることもできない。それでも、なんとかしてこの事態を丸くおさめたくて声を出そうと、意を決したときだった。

「あー、あのタヌキオヤジ、仕事じゃなかったら絶対後ろからあのカツラひっぺがしてやりてー…」
「おい、昴、なんてこと言うんだ」
「言葉のままの意味ですよ」
「あのな……ん?」

どうしたんだ?と目を丸くした桂木さんと昴さんに、まるで捨てられた子犬の哀願するような視線を送る、SPの3人たち。

「お待ちしておりましたわ!ケビンに王子!!」
「げ…!」

その後、再度空気が凍り付くまで、あと10秒。

…8、7…6…、



5秒前、私は耳を塞いで、覚悟を決めるのだった。







 


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