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長い長いキスのあと、相手の身体の力がふっと抜けたのを、後藤は見逃さなかった。エミの後頭部と頬とにそっと添えていた手をうまく動かして、流れるような動作で彼女の身体をシーツに沈めていく。あまりに自然で気付いていないのか、それとももとより抵抗するつもりがないのか、エミは上気させた頬を隠さず後藤を見つめたままだ。


「………」


それまでのまるで喰らいつくかのような口づけとは違う、チュッと小さくリップ音をたてる軽いキスをすると、後藤は愛おしそうにエミの髪を梳きながら、緩めていたネクタイに指をかけするすると解いていく。エミがその様子を覗き見ようと一度は閉じかけた瞳を開ければ、後藤は再び彼女に顔を近づけて、阻止するように瞼へそっとキスを落とした。


「……ん……」


その度にくすぐったそうにエミは小さく首をすくめる。何度か同じことが繰り返されるうちにすっかり準備を整えた後藤は、それまでと同じように瞼をキスでかすめ、耳もとへしめった吐息をひとつこぼして。それから今度こそがっぷりと覆いかぶさった。

唇にキスを待つエミが観念して目を閉じた事を確認すると、後藤はふ、と口元を緩めてからその首筋に吸い付いてみる。自分の腕を掴む手ごと敏感に震えたエミ。その背中に回したままの手のひらをまさぐって滑りのいい肌の感触を楽しむと、鎖骨まで降ろした唇をもう一度耳元へと移動させた。

吐息で湿気た二人の周りの空気が部屋に溶けていく。帰宅して間もない、まだエアコンの効かない室温は高い。ただ抱き合うだけでも敬遠したくなるこの季節にも関わらず、後藤はエミの体温を性急に求めた。ただ、こうして抱きしめているだけでもいい。近すぎるくらいに彼女を感じたい。触れていたい。時間を惜しむように、後藤は自分の身体の全てをエミで埋め尽くした。


しばらくの間首筋に顔を沈めていた後藤は、エミを手中に収めた事で少し冷静になったのか。そこでようやくそっと視線を周囲に泳がせた。泳ぎついた先に捉えたものは、だいぶ前に土産だ、と友人からもらったボトルシップ。


(…あんなところにまだ飾ったままだったのか…)


学生の頃からの友人の、どこだかの海外旅行でのお土産のボトルシップは、お世辞にも立派とはいえない小さなもの。それでもこういう類いのものは捨てるに捨てられない。仕方なく部屋の片隅に置いておくように飾っていた瓶の中の船は、周りのガラスの古ぼけた雰囲気に似合わず今でも色鮮やかだ。


「ひゃ…うっ」


ちろり、と耳の中に舌を這わすと、エミはいつも通り慌てたように、しかしどこか色気を上乗せした声をあげた。胸の奥の腹に近い位置を疼かせる、彼女の声をもっと聞きたくて、ただそれだけで指を遊ぶように踊らせ弾いていく。

視線はなぜか、小さな世界の中の小さな船からそらすことができないままだ。

小さな入り口から一つずつ、細かな部品を入れては組み立てて出来上がったはずのその船は、もう二度と瓶の外に抜け出す事はできないわけで。


(………まるで俺だ)


もう二度と人を愛す事などないだろうと、むしろ誓いに近い決意で固く閉じられていたはずの後藤の心に、じわりじわりと滲むように侵入したエミのかけらは、いつの間にかしっかりと彼の中で形を再構築していて。


きっともう、二度と彼の中から泳ぎ出ることはないだろう。


(逃がすつもりもないけどな)


自分の下で頬を赤らめたまま瞼をそっと薄く開いて様子を伺うエミに、後藤は心底愛おしさを感じ目元を緩ませた。そんな彼を見て、エミの頬は益々赤く染まり、それがまた連鎖反応で後藤の芯の体温を上昇させていく。


もうすでに何度目か分からないキスは、お互いを飲み込んでしまいそうなほど深く絡み合った。



Seized you,
    …and me.

(始まりも終わりもないふたり)

 


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