SP小説 | ナノ
カラン…、と、溶けた氷がグラスで泳ぐ。心地よい小さな音がはっきりと響く部屋で目の前を占拠するのは、すっと通った鼻筋と、伏せられた瞼から伸びる長い睫毛と。

「ん……っ」

角度が変わる度に少しずつ深くなるキスの間、何度か私は薄目を開けて瑞貴のことを盗み見た。

「……どうしたの、エミ?」
「え……あの、……」

ずっと目を瞑っているからきっとバレていないと思っていたのに。呼吸をするためのほんの隙間に問われたけれど、すでに回路がこんがらがった頭では、上手い言葉が見つかるはずもない。

唇から顎、首筋、そして鎖骨。
遊びながら少しずつ降りていく瑞貴の柔らかい前髪が、私の身体をソファに沈めていく。

「あ……」

くすぐったくて、それでいてぬくもりは気持ち良い。身を捩りながら意図していない声が漏れる。

一瞬ふっと、それまで感じていた重みとぬくもりが消えた。戸惑いを感じていたくせに急に寂しくなる。瑞貴が一体今どんな顔をしているのか、…きっと涼しい笑顔で私の反応を楽しんでいるのだろうけれど、そんな表情すらも知りたくて、ぼうっとして重たくなった頭を持ち上げた。

「何?そんな顔しちゃって」
「え?……ど、んな顔?」
「………」

見下ろす瞳は少し伏し目がちで。その奥に潜む欲望を隠さない表情に、私も引き込まれそうになる。

…いや、きっともう引き込まれてる。だってもっと……。

さっきまでの熱を名残惜しく感じる私の上で、言葉を続けない瑞貴の唇が何かを言いたげに隙間を作って、そしてまたきゅっと結ばれた。

「………?」

カラン……。
氷のぶつかる音が再び部屋を泳いだ。
グラスの中には、昴さんがお土産にとくれたレモンジュースで作ったレモネード。仕事で行ったフランスで極上のレモンジュースを見つけた、とか、試験前に風邪を引かないようにこれでも飲んどけ、とか。言われた通りに作ったレモネードは想像以上に美味しくて、瑞貴との夕飯をより満足なものにしてくれた、……と思っていたけれど。

「み、瑞貴……?」
「……あと5回」
「え?」
「………」

僕の名前、あと5回呼んでくれないと、許せそうにない。
少しバツが悪そうな瑞貴は僅かに唇を尖らせて小さく呟いた。

「えっと……みず、き…?」

何で5回?と続けようとしたところで、あと4回、とカウントダウンする瑞貴が胸の間に顔を埋めて、じわりと心臓が大きく蠢く。

「さっきから昴さん昴さんって……エミが……」

含まれた真意と、再び感じる重みと温度に、少しずつ広がっていく愛おしさ。

「………瑞貴」
「……あと3回」
「…………瑞貴瑞貴瑞貴」
「……………」
「これでいい?」
「………うーん……」
「………好きだよ、瑞貴」

難しく眉間を寄せていた瑞貴が小さく息を吐いて、纏う空気を和らげた。

…あ、来る……。

ひゅっと吸い込んだ空気を吐き出す前に、唇は塞がれた。
彼を受け入れようと思いながらもその先の未知数に少しこわばる身体。私がわたしを手放す一瞬のせめぎ合いのさなかはいつも、この矛盾との戦いになる。

カラン……と、汗をかいたグラスの氷がまた一つ、レモネードに沈んだ。




甘酸っぱい時間。
(真逆ゆえの魅力の虜)


 


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