SP小説 | ナノ
「よし…、あとは石神さんが帰ってきたら仕上げて……」

たった今出来上がったサラダにラップをかけて冷蔵庫へ。テーブルに並べたお皿やグラスに不備がないかをもう一度確認して、少し散らかったシンク周りを片付け始める。

(昴さんだったら、お料理しながら片付けちゃうもんなあ…なかなかあんなふうに手際良くできないや)

いつだったか、SPのみんなと昴さんのおうちにお邪魔した時のことを思い出した。段取り八分だ、とか料理を食べる状態になるときにはキッチンも片付いているべきだとか、いろんなことを教えてもらったっけ。あんなふうにまたみんなで楽しい時間を過ごすのも良いな。黒澤さんも良いなあって羨ましがっていたし、石神さんや後藤さんも一緒に………。

「無理だな、多分」

勝手に進んだ妄想を自分で打ち消して、思わず笑ってしまった。

(仲が悪いわけでもなさそうなんだけどなあ…なんで顔見る度に喧嘩するんだろ)

ピンチの時はなんだかんだで力を合わせて解決しているくせに。

そんなことを考えていた時、廊下の向こうで、がちゃっと鍵の回る音がした。

「!」

どきっと胸が跳ねる。あと数秒のうちに顔が見られることはわかっているのに、その時間すらもどかしく感じる。気がつけば私はリビングの扉をあけて玄関に続く廊下に飛び出していた。

「お帰りなさい!」
「………。ただいま」

ちょうど靴を脱いでいた石神さんは一瞬驚いてから、すぐにやわらかい視線と一緒に帰宅を告げる挨拶をしてくれた。それがまるで当たり前のように自然で、いつかの未来の毎日を予感させる。くすぐったいようで嬉しい。

「遅くなってすいません」
「いえ、全然!私も大学が終わってから買い物に行ったりして……さっきやっと、お夕食の準備が終わったところでしたから」
「…忙しい目をさせてしまったかもしれませんね」
「そんなことないですって。それに今日は……ほら、石神さんのお誕生日だし」

少し気遣うように声のトーンを落とした石神さんにつとめて明るく返す。

「一緒にこうやってお祝いできることが嬉しいんですから!ね?」
「ふ……嬉しいことを言ってくれますね」

ぽん、と頭にのせられた大きな掌は、そのままやさしく私の髪を撫でた。

「あ、今から仕上げをしちゃうので…少し休んでいてくださいね」

撫でられたその感触が心地よくて、つい時を忘れてしまいそうになる。振り切るようにそう言うと、石神さんはスーツのボタンを外しかけてから、持っていた紙袋を思い出したかのように差し出した。

「ああそうだ、これ…」
「ん…?あ!コレ!新しくできたお店のじゃないですか?」
「さすがですね。情報が早い」
「小杉先輩が美味しいプリン専門店ができたって教えてくれたんです。わあ…並ばないと買えないって聞いてたのに……」

差し出された紙袋の中を思わずのぞいた。シンプルながらセンスの良いラッピングを施された箱。

「もらい物ですが……そうですか。並ばないと……」

石神さんが買ってきてくれたんですか?と聞きかけた私の行動を読んでいたかのように、先に答えた石神さんは、そのあと少しだけ考えるようにして、眉間にしわを寄せた。

「………」
「………えーっと……く、黒澤さんからです?黒澤さんなら、並ばなくても買える時間帯とか知ってそうですよね…!」

石神さんの好物を、悪びれもなくプレゼントにして渡すことができる人なんて、私が知っている限りでは黒澤さんくらいしか思いつかない。

「……まあ、そうですね。黒澤からもらったようなものといえばそうかもしれません」
「……へ?」
「………あの男が余計な情報を触れこんだせいで、本来ならそんな時間などないはずの候補生がわざわざこれを買いにいくことになった、という話ですよ」
「……はあ……、なる…ほど……?」
「世話になっている礼だと言うので受け取りました」

なんだか言い訳のようだなんて思ったのは、珍しく石神さんが饒舌になったせいだったのか。それとも、彼の表情が少しだけ曇ったからなのか。

「……冷蔵庫、入れておきますね」
「お願いします。それでは、私は着替えてくるので……」
「あ、その間に準備済ませちゃいますね!」

よろしく、と石神さんは優しく口元を緩めた。普段、官邸で顔を合わせる時、後藤さんや黒澤さんたちの前では絶対に見せないようなその表情。今このひとを独占しているんだな、というくすぐったい気持ちが背中を走り、むずがゆさを覚える。ほころびそうになる口元をきゅっと一文字にして、耐えた。

「あ、石神さーん、お風呂も沸いてますからねー」

フライパンを火にかけながら、彼の自室に向かって告げて。冷蔵庫に準備しておいたメインディッシュを取り出す。

(あとはこれを焼いて……スープを温めて……よし、付け合せも綺麗に盛れた!)

シュミレーション通りに料理を仕上げて、食卓に並べていくと、ラフな部屋着に着替えた石神さんがリビングに戻ってきた。それから二人で華やかなテーブルのセッティングを完成させて、向かい合って席に着く。冷やしておいたワインの栓を、スマートな仕草で開けてくれる石神さんに、思わず見とれた。

「何か?」
「……いえ、かっこいいなって………」
「!」

一瞬慌てたように傾けたワインボトルを揺らして、石神さんは「何をいきなり」と私を軽く睨む。全然怖くなんてないその顔に、私はまたひとつ、惹かれていることを実感するわけで。

「……ケーキとプリンと、両方食べないとですね」
「は?」
「すいません、まさか石神さんがプリンをもらってきてくださるとは思わなくって、私、ケーキ焼いてきちゃったんです」
「それなら今日は貴女のケーキを…」
「でも、プリンも本日中にお召し上がりくださいってかいてありましたよ?」
「………」

ワインを一口、押し流したように呑んだ石神さんは、目を伏してほんの数秒。

「デザートは別腹、プリンは別別腹、でしょう?」

冗談っぽく言った私の言葉は、感情の読み取れない彼の前で、弾けて消えた。





残る違和感
(冷蔵庫の中の箱は、無言のくせに強く主張しているよう)


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