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「何の用だ?」
「……っ」

じろっと睨まれて、さっきまでの若干浮かれた気分は一瞬でしぼんでしまった。そうなると、個別教官室というこの場の空気は一気に私の敵になる。

(いやいやいや、ここでひるんだらダメだ!)

私の手にぶら下がる紙袋の重みが、なんとなく勇気を与えてくれるというか、強気になれ!と背中を押してくれているかのような錯覚を感じさせた。

(そうだよ、私が今持ってるこれは―――)

「石神教官、今日お誕生日なんですよね?」
「………なぜお前がそれを知っている」
「……いや、そのー……あ。こ、これでも一応、公安刑事候補生ですから!」
「……黒澤だな?」

(ばれてる……ごめんなさい、黒澤さん……)

オレが教えたことは秘密にしてくださいねー。じゃないとまたあの視線で殺されますから!と冗談にならない冗談を言っていた黒澤さんを思い出した。やはり石神教官には敵わない。

「はあ……それで、」
「あ、そうなんですよ!これ!いつもお世話になっているお礼も込めて……どうぞ。駅ビルの中の、」
「………」

プリン専門店のです、と伝える間に、無言の教官の心の声が聞こえたような気が、一瞬だけした。「おっ」なんて感じの。

「……世話をかけているという自覚があるだけ、黒澤よりは救いようがあるかもしれんな」
「こんなプリンだけじゃ、とても追いつかないくらいお世話になってますけど……」
「まあそれも、間違いないがな」
「うっ……容赦ない……。と、とにかく!お誕生日おめでとうございます」
「…ああ、ありがたく受け取っておこう」
「!はい!!」

ふ、と見せた石神教官の口元の笑みが嬉しくて、私の心は躍り出した。

(…嬉しい。この顔が見たかったんだよね……)

最近気がついてしまった。教官にこんな想いを抱いたらダメだって、頭では分かっているし自分を律しよう、戒めようとも思う。けれどどうしようもない。走り出した想いは。この人の滅多に崩れることのない表情を時々少しだけでも緩めることができてしまったら、その都度この気持ちは、深くくっきりと私の中に存在を主張する。これはもう、意識とは無関係に。

「失礼」

渡した紙袋を揺らさないように大事そうに受け取ってくれた石神教官のポケットから、聞きなれた電子音が響く。

(教官って、私なんかと話してるときでも、必ず電話とる前に一言かけてくれるんだよな……)

さすがだなー、なんて思いながら、石神教官がポケットから携帯を取り出す一連の動作を眺めていた。

「………」

着信相手を液晶で確認した教官の纏う空気が変わった気がして。

(あ、れ……?)

「ハイ、……ええ。大丈夫ですよ、講義は今日はもう終わりました」

(あ、……この顔………)

いつもの人だ、とその最初の1フレーズでわかってしまった。石神教官は時々かかってくる電話の相手に、普段私たちに見せるのとは全く違う顔をする。それはとても穏やかで、優しくて、温かくて……候補生の間で言われている鬼だとか冷徹だなんて言葉とは真逆で。

「ええ……ありがとうございます。ハイ。あともう少しで片付くので、……ええ。では後程」

私がいることなんて気にも留めていないのだろう。候補生で補佐官の私がこんな教官の様子を目の当たりにしていることなんて。

(……違う、そうじゃない……)

ぬかりないはずの教官がそんなヘマをするはずがない。

(教官は……気づいていないんだ……この電話の相手と話しているときの、自分のこと……)

「…話の途中だったな」
「え?…あ、電話終わったんですか?」
「ああ。……それで、お前はこれを渡すために大事な自習時間を買い物に費やした、というわけだな?」
「いや、それは!だ、ダッシュで行って帰ってきましたから!」
「………」

ギロッと睨まれて、固まった私に、石神教官は追い討ちをかける。

「今日の復習もしっかりしておくように。これをもらったからといって、明日の講義が甘くなるなんてことはないからな」
「わ、わかってます、わかってますよ!」
「それなら良い」

からかったのか。少しだけ楽しそうに口元をゆるめて、石神教官は笑った。



貪欲なわたし
(知らない誰かさんへのものとは違うから、それじゃあもう満足できなくなってしまった)

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