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人生の終わりに、私は誰を想うだろう。

がやがやと騒がしいホワイエはそれにも負けない賑やかな色彩で揺れる。慣れ親しんだ大学構内ではない、ちょっとしたライブなんかも出来そうなホールで厳かに執り行われた卒業式も終って、まわりは友達や後輩たちとの最後のじゃれあいに沸いている。

きっと、人生の終わりに想うのは、自分のまわりの家族であり、その人たちとの思い出のはずである。…と神妙なことを考えるきっかけは、さきほどの式での学長の話。長い人生においてこの大学時代に培ったものは役に立つしかけがえのないものである、というありがちなテーマで送られる私の4年間を振り返ると、胸の中は酸味で満たされた。

「あ、エミさん」
「海司くん!」
「見つかって良かった。……ご卒業おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「…なんか、普段と違うからなかなか見つけられなかったっすよ」

そう言いながら、彼は私の足もとから顔までを掬いあげるように眺めた。

「ああ、袴だしね」
「……結構似合うもんですね」
「何それ。ひどいなあ」

成人式以来の振り袖をわざと揺らしながら大袈裟に唇を尖らせると、少し焦った海司くんが顔の前でてをひらひらと翻した。

「いやいや、そういう意味じゃないっすよ……あ、そらさんは?会いました?」
「………」

首を横に振ると海司くんはそうですか、さっきから探してるのに見つからなくて、と口ごもりながら辺りを見回す。背の高い彼でも、全学部の卒業生とそれを見送る後輩たちがごった返すこの中からたった一人を見つけることはとても困難に思えた。


「…私のこと、わざわざ探してくれたの?」
「あ、ああ…はい。お世話になったし、お礼くらい言いたかったから」

お世話になったのはこっちだよ、なんて言いながら私たちは笑った。

「あー、見つかんねーなあ…。ま、そらさんにはまた会えるか…って、あ」
「?」
「…エミさん、そらさんの就職先とか聞きました?」
「あ、……うん」

人づてに聞いた。仲間内で、まるで大ニュースのように流れた彼の就職先は警視庁。いつの間に勉強してたんだとか、世も末だとか。聞きながら、私が思うことといえば、やっぱりここでもうじうじと未練がましいことばかりで。直接教えてもらえなかったな、とか、やっぱり私はその他大勢のうちの1人に過ぎないどころか、その他大勢にすらなれなかったんだな、ということばかり。

「…警察受けるために柔道の稽古してたんだね」
「ああ、まあそういうことですね」

あの人、ぱっと付き合った感じはちゃらんぽらんだけど、結構ちゃんとしてるんですよね、と海司くんはもう一度辺りを見回してから、気がついたように私に視線を移す。

「…って、そんなこと、エミさんもよく分かってますよね」
「………」

この子は、なんでこんなことを言うのだろう。返事に困る。

「あ、あれ……」

私と彼の間の出来事だけを見れば、広末そらがちゃんとしてるかどうかは怪しい。それでも、少なくとも私が見てきた彼の行動には、それぞれひとつひとつ背景が見え隠れしているわけで。

都合のいい女扱いされたと思えないのは、そう思いたくない自分がいることも確かだけれど、それだけではない。そう信じたい。

「おーい、そらさーん!」

海司くんが手をあげながら声を張り上げた。どきっとする。どうしよう、さりげなくここから立ち去った方がいいのだろうか。
そんなことを思っているうちに、彼に呼ばれた人物がなんだよ、と文句を言いつつ近寄ってきた。

「なんだよ、じゃないっすよ」
「じゃあ何の……あ、」
「………」
「……エミちゃん」

一瞬空気が細く張りつめた。ごくり、と喉を生唾がつたう。この雰囲気を打破したくて、無理矢理に笑った。

「……えっと、卒業おめでとう」
「あ、うん。エミちゃんこそ」
「あ、ありがとう。…あ、就職も聞いた。警察になるんだって?」
「あ、うん」
「おめでとう」
「うん、ありがと」
「……えっと、わ、たしのこと捕まえたりしないでね」
「うん」
「…………えーっと……」

ぎこちないことは自分たちが一番良くわかっているんだと思う。言葉を紡げば紡ぐほど、ぼろぼろと崩れてしまいそうで、つなぎ止めるのに必死にならざるを得ない。次の話題も浮かばないまま、広末そらの顔を見ることもできない私は、多分初めて見たスーツ姿の彼のネクタイを見つめるのがやっとで。

「……あー、マジで…ほんと……」

そんな私たちの様子を見た海司くんが頭を掻きながら言葉を挟んだ。

「…こういうお節介って苦手なんすけど……。そらさん」
「え?」
「…いい加減ちゃんとエミさんに向き合ったらどうっすか?」
「………え」
「エミさんには前に言いましたけど…このまま本当のことを言わないままだったら、2人ともきっとこのあと後悔しますよ?」
「海司く…」
「お前何言って…」
「だってそうでしょーが」

子どもじゃないんだから、と、海司くんはその後もいくつか歯がゆさを私たちに伝えて。

「…じゃ、俺は柔道部のとこ戻ります。そらさん、来年は俺も行きますから。……どっちが先にSP選抜試験通るか競争っすよ」
「うるせー、まず就職決まってから言えって」
「そこは絶対受かりますからね。……多分」

そんなやりとりをしてから私たちに背を向けた。

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