SP小説 | ナノ
「……簡単には忘れられないっすよ」
「え」
「……言えないままの想いっていうのは、そう簡単には消えないですから」
「……何それ」

じゃあ私にどうしろと。喧嘩してこじれたわけでもない。理由も分からない。違うとすれば、彼と私とが一線を越えた、というあの夜の出来事だけ。むしろ喧嘩別れの方がずっといい。カラダを許して、挙げ句捨てられたんだ、と思いたくもない事実がちらついて頭から離れないのに。

「なんにも知らないくせに……!」
「………2人のことは知らないっすけど、でも」

海司くんは眉間にしわを寄せた。歪めた瞳が切なく揺れる。

「……言えないと、この先エミさんがしんどいってのは、わかります」
「…………」
「俺だって、それくらいはわかります」
「………っ」

恥ずかしくなった。自分1人ばかりがしんどいんだって思っていたようで。みんながきっと色んな想いを抱えている。
言葉を失ったままどれくらいその場にうずくまっていたのか。廊下の先の宴会会場から一際大きな乾杯の声が耳をつん裂いた。

「……終ったみたいっすね。エミさん、誰かに送ってもらってくださいよ。タクシー呼びますから」





タクシー来ましたから、という声で起こされて、再び身体を支えられながら店を出た。1人でしゃがんだままつるっと眠っていたようで、そんなに長い時間ではないけれど、身体はずっと楽になった。
店を出ると、車の扉の前に立つのは、さっきノートを貸して欲しいと言った男子。

「エミちゃん、送って行くから。家の場所言える?」
「あ、うん。って…」

一人でも大丈夫だから、と言いかけたのも聞かずに車内に乗り込んだ姿をぼうっと見ていた私の身体を、海司くんがぐいっと車内に押し込んだ。

「じゃあエミさん、気をつけて。……あ、エミさんのことよろしくお願いします」
「え、あ…あの、さっきは、ごめ…」
「いや、いいっす。気にしてないし」
「………」
「まあ、ゆっくり休んでください」

彼の声が締まるドアの向こうで消えて。と、同時に反対の扉が開いて、そしてバタン、と閉じた。

「運転手さん、出して」
「え」

見れば隣に座っていたのは、さっきとは違う人で。

なんで?という私の疑問に答えてもらうこともないままに、車はゆっくりと道を滑り出した。




流れる反対車線のヘッドライトを見つめながら広末そらの息づかいまでを聞き分けた。

どうしていきなり車内に飛び込んで来たのだろう。引きずり降ろされたらしい男子は驚いた顔でタクシーを呆然と見送っていた。広末そらの行動が突発的だったことが伺える。

「なんで……」
「ん……?」
「…………」

言葉が続かない。久々に交わす会話。話したいことはたくさんあった。考えてだっていたのに。さっきから会話がまともに続かない。

「……だってアイツ、なんか下心ありそうだったし」
「……何それ」
「エミちゃん酔ってるし、なんか」
「……自分だって………」

ぶちまけたい。喉の先まで飛び出した言葉を必死で飲み込む。言いたくない。せっかく久しぶりに話をしているんだから。罵声なんて浴びせたくない。こんなことじゃない。伝えたいことは、こんな非難じゃなくて。

「……大丈夫だよ。私そんなに尻軽じゃないし」

最後は声が震えた。これが精一杯だ。なんでもっと上手いことを、もっと可愛らしいことを言えないのか。悔しさで胸が詰まる。

「……うん。知ってる」
「!」

ひゅっと息を飲み込んで、勢いよく広末そらの顔を見た。路地に入った車内は暗い。それでも僅かな光を取り込んだ瞳が穏やかに私を見つめ返す。言える、今なら、言えるかもしれない。

あの、と言葉を吐き出しかけたとき、運転手の「着きましたよ」という声が被された。

ありがとうございました、と車から降りたのは私だけで。
開いたドアからは広末そらが降りる気配がない。

「じゃあ、ちゃんと布団で寝てね」
「あ、う、……ん」

私の返事のあと、すぐにドアがゆっくりと動き出す。閉まっていくドアを、ただ見つめることしかできなくて。

完全に閉まる前に、がつん、という音とともに広末そらが再び顔を出した。

「エミちゃん!」
「!」
「……あのさ」

私は単純で、未熟者で。だから、すぐに期待しちゃうんだ。さっきの優しい眼差しに、このあともしかしたら笑顔になれるような何かを言ってもらえるんじゃないかとか、胸だって簡単に跳ね上がるんだ。

でも。

そんな風に簡単にいくほど、人の気持ちは単純じゃない。

「……あの日のこと、見たことも全部、忘れて?」
「え………?」
「ごめん。……恨んでもいいよ、俺のこと」
「………いま、何て」
「………じゃあ。オヤスミ」

ためらうことなく顔を引っ込めた広末そらを乗せて、タクシーは再び走り出す。リアガラス越しに見える後ろ姿。振り返ることもないオレンジの頭は明るくて、暗闇でもそんな様子が分かってしまって。




Can Pass and Go ahead.
(立ちすくんだままでいられないのは分かっている)


prev next


back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -